12
戦の喊声、喚声、叫換は相変わらずあちこちから上がっていた。巻き上がる砂埃も、パチパチと音と立てて燃える櫓も熱と臭いを運んでそれが確かにこの城を終焉へと誘っている。長曾我部元親は私に背を向け、部屋の外で槍を手に応戦しそれに呼応するかのように彼の配下が集まっているようだ。彼は槍を一つ振り終える度に周囲を見回し誰かを待つようだった。
そのうち新たな具足が揺れる音と跫音が聞こえて彼は僅かに口許に笑みを浮かべていた。
「こっちだ! 家康!!」
その言葉に先程とは違う恐怖に心の臓を鷲掴みにされたのは言うまでもない。
家康、家康が此処に来ているの? 如何しよう、いろんな人に顔を晒してしまった。子供もいっぱい抱きしめた。ああ、この殿方とも口を利いてしまった。家康はまた子にも何かするんだろうか。
其処まで考えて私は首を振るった。そうではない、今はそんな恐怖に苛まれている場合ではない。
「っ!!」
「っ――!」
破壊された戸の先、長曾我部元親の横に彼が居た。爽やかな顔立ちと纏う黄金の具足が本当にお日様のようで私を閉じ込めた彼なんて嘘のようだ。彼は肩を激しく上下させ息も整わない。そんな家康の肩に長曾我部殿は手を置いて、良かったな家康、と笑顔を向けている。家康もまたありがとう元親、返して互いがいかに親密であるかを窺わせた。
家康は直ぐに向き直り部屋の中へと入ってくる。私は反射的に子を後ろに隠して彼を見据えた。
「、良かった。無事で」
愛おしそうに私を見る彼の視線と、私の頬に触れようとする少し汚れのついた彼の手甲、所々煤けたところがあるのは彼が激戦の中を潜り抜けた証だろう。だが――
パシッ。
そんな擬音が辺りを包む。私が何も言わず彼の手を振り払ったのだ。
「触らないで。来ないで」
「せ、っ……」
私の抵抗なんて考えもしなかったんだろうか。家康かこれでもかというくらい目を丸くして、外の長曾我部殿も何事だといわんばかりの表情だ。私は、私に触れようとした家康の手が僅かに震えていたのを気付かない振りをして声を振り絞った。
「っ……この子を、人質にして、助けもせず、捨ててっ……」
「、それは違う」
「聞きたくないっ! 家康なんて大嫌いよ!」
「っ――っ!」
「私の手に残してくれないなら、せめてっ、貴方が大切にしてくれたら、私は、それでっ……」
会いたくても抱きしめたくても、それで諦めようと思っていた。半蔵が密かに渡してくれた臍の緒を手に、名乗らず時折その姿を影から見るだけで時の流れに抗わず生きていけばいいと、やっとそう思えていたのに。
信じられないくらい声は掠れて、でも視界は歪みはしなかった。此処は堪えたほうが子の為なのかもしれない。だが、私は母親なのだ。この子がこんな目に合っているのに一言も言わないなんてそれこそ出来なかった。
家康は手を引っ込め、ぐっと拳を握っている。私たちの様子を見ながら長曾我部殿が静かに口を開いた。
「……俺ァ聞かねえほうがいいみてえだな。家康、ちゃんと話し合え」
「元親」
「まあ、此処出てからだろうがよ」
「ああ。――半蔵」
「此方に」
「たちを頼む」
「はっ」
音もなく現れ家康に跪く半蔵は相変わらず無表情のままだ。子は、御方様お早く、と言い家康や長曾我部殿と共に先へ行く。そんなに先へ出て矢や弾が飛んできたらと止めるも、とことこと走る彼に気が気ではない。半蔵が私の手を取り、その後ろは配下の忍びが護る。城兵はまだまだ沢山居て、此処まで来るのがいかに至難の業であったかが分かる。
「東軍の大将首は此処だ!」
「鬼ヶ島の鬼も居るぜぇ?」
囲みくる敵兵に二人は矢面に立って拳と槍を振るい、そんな中遠くから本多忠勝が飛んで来て辺りを威圧する。城の兵たちが二人の首を取ろうと躍起だったが突然現れた本多忠勝に腰を抜かす者、逃げ出す者はは多数で敵兵は大混乱だ。
それでも気骨のある者は勇み振りかぶって襲い来る。難なく伸される者、手強く抵抗する者、様々だ。凄惨な光景を見せまいとするのかしきりに忍びたちは私の視界を塞ぐように背を晒し、私には総ての様子は分からない。耳を突く鍔迫り合いの音と喊声が此処で確かに殺し合いをしてる現実を突きつけるのだ。
我知らず目は家康を追って、彼の姿が見えたときはっとした。完全な死角から彼を襲おうとする刃が見えたのだ。
「家康っ後ろ……!!」
「!」
だが彼が応戦するには間に合わないっと息を呑んだ瞬間、家康を斬りつけようとした城兵は突如崩れ落ちた。その先には身長に見合った長さの太刀を構えた子の姿があった。その後の動きもあまりに機敏で、次に襲い来る敵兵も一閃のうちに伏せられて私は固まるばかりだった。
「あ、貴方……」
「ありがとう、よくやった」
「はっ」
子は軽く頭を下げると直ぐに次の敵へ目をやる。言葉が続かない私に家康は言った。
「、あの子はワシらの子ではないよ」
「え……」
「詳しくは後で話す」
「アニキー!!」
「おうよ!」
家康の横で城兵たちを次々に払う長曾我部殿に彼の配下らしき者らが集い声を張り上げる。
「三の丸に続き、二の丸も落ちやした!」
「そうかい。手向かう男共にゃ手をあげるしかねえが、女子供は手ぇ出すなよ。火も必要以上にかけるな」
「わかりやした!」
「俺らが本陣に戻る道が確保出来りゃそれでいい、だろ?」
「ああ、此処まで落とせば十分に打撃だろう」
「おめえら行くぜ!!」
「付いて行きやすぜ! アニキィイィイ!!」
掛け声と共に長曾我部殿が自身の大きな槍に乗り一直線に城兵の波をすり抜ける。出来た一本道に皆が唖然とする間に忠勝が更にその道を広げるように突き進み、私たちもそれに続くのだった。
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