変転の夏(九)

 意外にも、間に入ったのは最も興味など持ち合わせないであろう男だった。細身の長身がの視界から完全に家康を隠す。 
「どうしたんだ三成?」
に触れるな」
「い、石田……」
「家康、貴様が接触するとの様子が明らかにおかしい。何をした?」
「!!」
「さあどうだろう、だがお前にはのことなど関係ないのでは?」
がこうでは仕事がもたつく」
「ほう?」
 心なしか、双方の間で火花が散っている気がした。幻覚だ、自意識過剰だと首を振る。半ば縋る想いでそっと姉と大谷を盗み見るが、二人は対岸の火事だと思ってか明らかにニヤニヤしているではないか。こいつらめと思うも抗議するほどの余裕はない。兎に角目の前の二人が怖すぎる。
に付き纏うストーカーとはお前だな」
「え、ストーカーって程じゃ」
「貴様は黙ってろ」
「ひぃっ」
「それは酷い言い草だぞ三成。ワシはが余りにも警戒心がないから少し突いてやっただけだ」
「突いた? なんだそれは」
「うわああっ言うなぁあ!」
 それは自分の一生の恥。家康如きの前に遅れを取るなど末代までの恥なのだ。
「言えぬ程のことをされたと言うことか!!」
「いや、確かに言えないけど、うおお石田怖いっ!」
 まるで古いブリキ人形がギギギと擬音を立てるように、黒い気を纏った三成がこちらを向く。その目つきも性格も鋭利な彼だが今は一層だ。
「質問に答えろ!」
「すみませんっ言えませんっ!」
 思わず捻りも無く拒絶するに三成はチッと舌打ちする。
「三成はが好きなのか?」
「なっ」
「ワシは好きだ」
「はっ!?」
 爆弾を投下された。何言ってんの? それが精一杯。思考が追いつかない。本日何度目の脳内崩壊なのか。爆発した脳はもうすでに燃えカスだ。それに鞭打つとはなんて奴らだなのだ。もうあわあわとかする間もない。ただ硬直した。
「貴様は……貴様は抜け抜けと! そういうところが気に食わないのだ!」
「うわ、なんだ三成!」
 目の前の背中は噴火山になって家康に襲い掛からんばかりだ。こうなっては止め様の無い彼をどうしたものか、相変わらずニヤニヤする姉と大谷など戦力外だ。

「いやあ、やってるね」
「ヒッ!?」
「もう少し色気のある声を出してもいいと思うよ」
 ふいに、耳側でよく透る声がした。覚えの無い声にそろっと其方を向くと、身のこなしのすっきりした綺麗な顔の男と、背丈が高くがっしりとした体形の男が立っていた。
「どうだい? お姫様気分は?」
「は?」
「どちらも将来有望株だよ。そんな男二人の間で取り合いなんて女冥利に尽きるだろ?」
「はぁ……?」
「おや、はっきりしないね」
「というかどちら様で?」
「ああ、僕? 僕は竹中半兵衛。後ろは友人の豊臣秀吉。三成君と吉継君の保護者みたいなものかなぁ。あ、家康君のことも知っているよ」
「ますます何者臭が漂ってますよ……」
「そうかい?」
 綺麗な顔の男、竹中半兵衛は何をしても様になる。物腰柔らか答える態度も少しだけ笑む口元も、目の前で起こる言い争いなど掻き消してしまいそうだ。三成と家康を対岸の火に出来るならもこちらに逃げたいところだ。
「今日は三成君たちと駅で待ち合わせをしてたんだけど意外なものが見れたよ。ねぇ秀吉」
「うむ」
「君、どっちを選ぶんだい?」
「は!?」
「は!? じゃないよ。家康君は君が好きって言ってたでしょ?」
「ら、loveじゃなくてlikeじゃないんですか?」
「そう言って目の前のことを誤魔化そうとしても駄目だよ」
 前言撤回。この竹中という男、案外手厳しい。
「三成君も忠義一筋みたいなところがあって女の子には目もくれなかったんだけど、相当御執心のようだし。君のことだとあんなにムキになって、ねぇ?」
「ねぇ? と言われても。てか好き嫌い云々の前に、万年凶器と腹黒狸のどっちかって究極の二択過ぎやしませんかっ」
「万年凶器……言い得て妙だね」
「納得しちゃうんだ」
「でもどちらもいい男だと思うけど。振り切るには惜しくはない? 真面目な顔で囁かれたらどきどきしないかい?」
 何故か食い下がる半兵衛に、は胸に手を当てて少しだけ考えてみた。昨日と今日家康にされたこと、囁かれた言葉。無関心の三成が不器用ながらに心配してアドレスを教えてくれたこと、そして今庇い出たこと。免疫がないが故に逃げて騒いでしまったがこれが本当に恋愛感情からであったなら。
「……する、かもしれない」
「そう」
「いや、でも動悸息切れの類な気がする」
「……君は彼らに命の危険でも感じているのかい?」
 胸に手を当てるとは対照的に半兵衛は額に手を当てて溜息を吐いた。そんなこと決まってるだろうとばかり頭を振るう。
「常に! つうか初対面の人に何でこんなこと言わないといけないんですか!」
「おおよ、やっと気付いたか」
 大谷だ。ゲームに出てくる王様のようなその言い方、声音がまた憎たらしい。
「先輩はちょっと黙ってて下さい」
「われはいつも傷つけられてばかりぞ」
「ええと大谷君だっけ、ごめんね妹が」
 姉め。貴女も大概お黙んなさいよ、と言ってやろうかとバッと顔を向けた瞬間だった。
「いぃいえぇやぁあすぅうぅううーー!!」
「わっ! 落ち着け三成っ!」
「こわいぃい!!」
 姉が般若で片倉先生が仁王なら三成は阿修羅だ。そして家康は何を考えているかも分からない腹黒だ。
「ど、どっちも無理っ……」
「ああ、うん。あの形相じゃあね」
 半兵衛は人事のようにしれっと答える。こんなに騒いで絶対周りの人見てる、囲まれてたらどうするんだ、などと思い見回すが、誰もこっちを見ていなかった。偶然、一人誰かと目が合ってもさっと逸らされてしまう。ああそうだよね、関わりたくないよねと諦念しながら半兵衛らの方を向くと、半兵衛の横に居たあの体格の良い男が、気難しいとも、憤怒を抱えているとも取れる表情で周囲を威圧していた。まるで凶暴化したゴリラのようだ。
「こっちもこわっ!」
「ぬぅ!!」
「やめてくれ、本人は繊細なんだ」
「知りませんよ!」
 そんな抗議も、電車の到着を伝える駅内放送も最早遠くの出来事だ。どう収集をつければいいのだ。人間凶器に成り果てた三成を止める事などには荷が重過ぎる話。自分以外に止めようとする人間が居ないのも問題だった。ここは公共の施設であるのに。

 脅えながら堂々巡りの思考を巡らせていると、救いの声が降って来る。っ! と呼ばれたその先を見て歓喜した。

- continue -

2011-11-30

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