夏の果に松(四)

 その後、幾ら探しても他のかぶき踊りの一行の姿は捕捉出来なかった。四方に散らばったという彼ら、あれほど目立つ者らが一斉に忽然と姿を消すものかと政宗らは眉間に皺を寄せ合った。全てが不自然に感じられ、そして手から零れ落ちる砂のように徐々に減っていく手がかりに頭を抱えるしかない。
「一体、どうなっていやがる」
「誠に、黒脛巾組がここまで探して行方が掴めないなどと……」
「困ったね。捕らえた相馬の忍びはどうなってる?」
「やはり姫様のことは知らぬようです。ただ伊達領でも相馬領でも娘を攫っていた由。相馬への牽制もかねて厳しく処断せねばなりますまい」
「その件は小十郎に任せる。伊達はそれなりの報復を考えてるとでも吹聴しろ」
「御意」
「筆頭ーー!」
 小十郎が低頭すると同時に、慌しく広縁を走る音が聞こえ、転がるように入り込んできた左馬之助に皆訝しげの目を向ける。
「おう、どうした?」
「筆頭! 猿飛から鷹が! 姫様のご在所が分かったと! 急ぎご出馬願いたいと!!」
「んだと!!」
「御無事なのか!!」
「猿飛はその様に!」
「何処だ! 急ぎ馬引け!!」
「はっ!」
「政宗様、猿飛の言うことくれぐれもお気を付けを」
「言うと思ったぜ。今回は目を瞑れ。後ろは任せる」
「承知致しました」
「左馬之助、行き先はおいおい聞く。皆に準備急がせろよ」
「ははっ!」
 その言葉を皮切りに皆一斉に立ち上がり各々怱々と立ち回るのだった。


 そして目的地に着いた今、政宗は難しい顔をしている。
 猿飛佐助から告げられた情報はあっけないといえばあっけない結末で、笑うに笑えぬ冗談だった。報告した佐助でさえそんな表情をしているのだから傍に控える者らは皆どうしたものかと戦々恐々だった。
「Hey,猿」
「なに?」
「本当に此処なのか?」
「うん、そう」
「どうなってやがる」
「俺様も聞きたい」
 と、そりが合わない者同士の二人も今ばかりは頭を抱え合うしかない。そうして少し離れた場所に立つ人物の方向へゆっくりと向く二人からはえも言われぬ気配が漂っている。
「まあいいさ、説明してもらおうか」
「ねえ? かすが!!」
「っ!」
 其処には、美貌で知られた上杉のくの一が立っていた。氷の仮面は何処へやら、彼女はこれでもかと言うくらい居た堪れなさげに頭を下げた。
「す、すまんっ! この通りだっ!!」
「いやね? ご免で済んだら俺様は要らないの! ついでに竜の旦那もね!」
「まったくだな。わざわざ伊達の縁戚の城に潜り込んで何を仕出かすと思えば……。上杉は何か含むところがあるらしいな」
「違うっ!! け、謙信様は本当に関係ないっ!」
「でもねー、かすがちゃんが軍神がらみ以外で動くなんてちょーっと想像がねー」
「本当に違うんだ! これは、なんというか」
「なんというか?」
「実は、その、この城の主に脅さ、頼まれたんだ」
「今脅されたって言いかけたね、うん」
「この城の主といやあ……なあ? 小十郎」
「政宗様、それはありえるかと思われますが……、成実殿」
「振らないでくれる? まあ納得なんだけど」
 政宗、小十郎、成実は怪訝な顔をする佐助と、相変わらず申し訳なさに苛まれているかすがを尻目に盛大に溜息を吐いた。かすがは再度、本当にすまん! と頭を下げた。くの一でありながら感情が豊かだと常々佐助に評されている彼女だ。その心根に偽りはないだろう。
「全く、それなら知らせでも飛ばしてくれたら俺様も梟飛ばしてるかすがをとっ捕まえるなんてしなくて済んだのに」
「知らせは一番に飛ばした! だが、佐助は入れ違いに越後を出たと報告があってだな……」
「そっか、そりゃうーん、災難だったねぇ……」
 佐助は内心、一番に、という言葉に頬が緩みそうになる。彼女はこういうところがあるから心配で、可愛らしく、そして突き放せないのだ。
「でもさ、無視して帰っちゃえば良かったんじゃない?」
「私だってそうしたかった! だが、無視しようとしたら、其方は上杉の忍びか、聞いてくれぬならあることないこと当主に吹き込むぞ。上杉と伊達は色々因縁があってのう、同盟はどうなるのかのう、などと言われては」
「わお、結構えぐい脅しだね」
「わ、私のせいで謙信様を面倒事に巻き込むことなど出来はしない、から」
「いやね、こっちの方がはるかに面倒だからね?」
「う……」
「なんか聞いてて心が痛い」
 上杉は油断ならぬ相手とし、先の対面では互いに牽制し合ったくの一であるが、成実は若干気の毒になって額に手を当てた。軍神の懐刀、つるぎといわれる彼女はえらい災難に巻き込まれたものだ。
「でもかすが、ちょっと手が込みすぎだろ。かぶき踊りの一座に扮していっせいに散らばるとかさー」
「あ、あれはっ! 伊達の奥方をお連れする策を練る為に偵察をしてたら偶然相馬の忍びを見つけて。放置する訳にもいかないし、かといって支城の配置図持ってた奴捕まえたぞなんて連絡したら、逆に上杉にも情報が流れたかとお前たち慌てるだろう? だからその」
「俺達が捕まえるように目立つ行動をしたって訳か」
「すまんっ、詫びにもならんが」
「Okay... アンタなりにできる限りの努力はしてたってことだな」
 政宗は髪を掻き上げ、一息置いて腰に手を当てた。
「まあ、手段諸々はおいおい聞くとして首謀者を捕まえるか」
「竜の旦那、この城の主って言ってたけど……ここは」
「ああ城主ってか、城主の母だな。城主より濃いからアルジっつーよりヌシだ。十中八九首謀者はそいつ」
「疑いないね。まーその分姫は無事って確信持てるけど」
「えーあー、俺様もう気抜けしかしないんだけどさ、ここの城主のお母さん、いやいやヌシってひょっとしてさー、あの……」
「そうだよ。老いてますますお盛んな」
「故伊達晴宗正室久保姫、ここまで言やあ分かんだろ」
「あははー、――栽松院、さん、だね」
 その人物の名に奥州側の三人の身体を重い疲労感が襲い、佐助からは、あーらら、という感想しか出てこない。地に足をつける人を尻目に空にはかすがの白梟が気持ちよさげに飛びそれがまた気鬱を倍増させた。
 そう、此処は政宗の本城より南に位置する、伊達晴宗そしてその正室栽松院の隠居城、杉目城。現在の城主は二人の息子で政宗の叔父に当たる杉目直宗である。

- continue -

2013-11-02

Twitterの方で、一話から犯人のヒントがあると三話終了時に記載しておりましたが、実行犯がだれかお気づきになられたでしょうか?
梟、とあるので松永さんを想像された方もいたかもしれません。
かすがの鳥、あれが梟だと知ったのは台本全集かなにかを読んだ時でした。これは何かに使えないか、と思っておりましたがいいところで出すことが出来ました(∩´∀`)∩