夏の果に松(三)

 探索について新たな報が齎されたのは翌日のことだった。かぶき踊りの一団の一つを相馬領の近くで捕捉したとのことで、政宗は成実を本城に配し小十郎らを連れて出陣した。小十郎自身は本城へ居られるようにと大分説き伏せたがそれを聞き入れる政宗ではないのは周知のことだ。寧ろ今まで大人しくしていたことの方が珍しいくらいだ。
 馬は地を駆る。他には目もくれず砂埃を巻き上げて領内を突き進む騎馬隊の動きは、尋常ならざる事態を思わせ領民達は、また織田の襲撃でもあったのだろうか、と口々に噂した。
 かぶき踊りの一団は関所を迂回する為かわざわざ難所と言われる峠を越えようとしているようだ。只のかぶき踊りの一団であるのなら関所の回避をすることはないし、一座の半数が女性の一行が難所越えを選択するのも不自然だ。件の峠であるが、此処が難所と言われるのはそれなりの理由もある。起伏の多い地形に加え狭い道、そして何より他の道より賊の類が出やすいのだ。故に、もし人を攫うなり乱破素破が出入りするなら打ってつけの場所でもある。
「随分お誂え向きの場所だな」
「先程黒脛巾組から近くに根城らしきものを見つけたと」
「Bingoか」
「同時に抑えるか」
「御意」
 政宗たちは地の利を生かし木々の中に隠れながらも、互いの場所を把握しやすいよう兵を配しその時を待つ。暫くすれば黒脛巾組の報告通り荷車を引いたかぶき踊りの一行が現れ、小十郎によって接触の指示が出された。足軽頭の一人が前に出てその荷を検分すると言い置き、その周囲には彼の備が控えている。
 物々しいいでたちに、最初は怯えるようなそぶりを見せる男女であったが、備の一人が不自然な大きな荷に手を掛けようとすると彼らの空気が変わった。先頭にいた男が駆け寄って荷に手を掛けようとする兵にお止め下さいませ、と言い、その隙に死角から彼を斬りつけようと女が懐から刃を構えた姿が見える。
 彼らの崖上に控える兵らはいつでも降りれるよう身を乗り出す。
「政宗様、くれぐれもご自重なされよ。何かあれば我らを盾にしてでも姫様と城にお戻り下さい」
「Ha! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」
「この期に及んで何をふざけましょう。奥州の比翼、我らには何よりも代えがたきもの。家臣が命を惜しんでその御方を失うようなことになればこの小十郎、生きてはおれませぬ」
「小十郎」
「はっ」
「確かには代えがてえ。あいつ以上の女なんざ俺には考えられん。この先、子が生まれようが生まれまいが室はあいつ一人で十分だとさえ思ってる。だがな、と同じようにお前も他の家臣も代わりは居ねえ。綱元もだ」
「政宗様……」
「仮にてめえが犠牲になってが助かってみろ。あいつは生涯良心の呵責に苛まれて生きることになるぞ」
「しかし」
「その逆も然りだ。が犠牲になりゃてめえは腹切るだろ。……だから少し足掻こうぜ? 犠牲なくを助ける方法をな。そのくらい欲があってもいいだろ? ――来るぜ」
「はっ」
 いよいよ兵が荷に手を掛ける。女が匕首を振りかざし、他の一座のものも今にも飛び掛らんばかりだ。
「かかれ!!」
 小十郎の号令が響き、路の上の低い崖、周囲の草むらから伏兵たちが一斉に躍り出る。
「一人も逃すな! だが殺すんじゃねえぞ! 捕らえて荷を検めろ!! それから烽火だ!」
「御意」
 音もなく控えた黒脛巾組に指示すると小十郎もまた抜刀し周囲の様子を伺う。開かれた戦端の先では男も女も抜刀し兵らに襲い掛かっている。それは一座を脅してここまで連れてきたという類のものではないと知らしめるには十分だ。
 鍔迫り合う音が皆の耳に響き、時折陽に当たる刃が煌く。敵方は予想以上の手練であるらしく多勢をものともしない。普段なら様子見の政宗も今日ばかりは早く決着を付けたい心境が前に出る。
「小十郎、遊んでやんな」
「それでは政宗様が手薄になります。今は左馬之助もお傍に居りませぬゆえ」
「遅れは」
「取るとは思っておりませんが家臣を安心させるのも主君の務めかと」
「Hum!」
「急いてはなりません」
「ああ」
「!! 政宗様っ!!」
 刹那、彼の頬の横を何かが通り抜けた。傷は免れたものの、後ろの大木に刺さったそれは苦内であった。
「Shit... 相手はやる気のようだぜ?」
「申し訳ありません。敵方にも何匹か鼻の利く者がおるようです」
「らしいな」
「うああああああ!!」
 言うや否や、叫びいずる黒い影は政宗に襲い来る。政宗は腕を組んだまま前を見据えたままだ。
「ふんっ!」
 それを言わずとも撃破するのは小十郎の仕事である。
「死に物狂いだな」
「ええ」
 だが、暫くすれば多勢が功を奏してくる。精鋭である伊達軍は忍びの動きにも徐々に対応し、一人また一人と地に転がしていく。隙を突いていくつかある荷車も占拠出来たようだ。
「荷を開けろー!!」
「くそっ伊達め……!」
 ぎりぎりと歯を鳴らすのは幇間に扮した男だ。縛られた腕をどうにかしようと足掻くが数人がかりで押さえつけられる。荷に手を掛ける兵も、政宗も小十郎も、その蓋の中にの手がかりを求めて逸る。いよいよ開けられた荷を覗くとその兵は素っ頓狂な声を上げた。
「――へ?」
「おいどうした。何が入っている?」
「えあ、お、女が、女が入ってます!」
「何!!」
姫様かっ!!」
「いえ、違いますっ! 女が二人っ村娘ですっ!!」
「Ha...? 他の荷を開けろ!!」
「……筆頭っ居られません! 全て村娘ですっ!」
「おいてめえら!! はどこだ!!」
? 何のことだ」
「恍ける気か!」
「政宗様、尋問は他の者に。娘らが怯えております。――今は落ち着きになられて」
「Shit...!」
 衿を掴みあげ猛る政宗に、攫われたであろう娘達が震え上がる。彼女らは着の身着のままといった態で何も知らされず、もしくは抗う間もなく荷車に載せられたようであった。そのうち、根城らしき洞を抑えた黒脛巾組が来て、其処に居るのは野伏せり風情と人買いの溜り場であったと知ると、政宗は盛大に兜を地に叩き付けた。
 助けた娘達のことを考えれば決して無駄足ではないのだが、何ら得れぬ佳人の行方に政宗の苛立ちは募る。娘達以外に収穫があったとすれば、かぶき踊りの一行に扮していた者らは相馬の忍びで、野伏せりや山賊の多いこの地の通行と地の利を知る為の金銭代わりに村娘を攫っていたということだった。彼らは支城の配置図を所持しており、もしこれが相馬の手に渡れば厄介この上なく冷静に考えれば御の字だと思わねばならぬだろう。
 一帯を掃討して政宗は一旦支城に引き下がることにしたが悶々とした気持ちは更に膨れ上がるだけだった。ただ小十郎はその背に焦燥と怒りを見、只ひたすらの無事を祈らずには居られないのだった。

 猿飛佐助は木の上に立ち、青々とした奥州の地を眺めながら何やら思案に暮れていた。彼は今回のことに何か引っかかりを覚えて甲斐信濃へは配下を飛ばし、自身は奥州近辺を当たっていたのだ。
「まさかね……」
 葉擦れの音が耳を掠め、空には梟が飛んで見える。彼の柳眉は長閑な情景には似つかわしくないくらい顰められてた。

- continue -

2013-10-26

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