倖を紡ぐ(六)

 春の暖かな風が周囲を包む。風に乗って時折桜の花びらが舞う様はまるで初めて一緒に買い物をする親子に木花咲耶姫が微笑んでいるようにも見えて佐助はほんの少しむず痒くなった。自分はいつの間にこんな情緒にまで目を向けるようになったのだろう。
「父上、みてみてっ」
「おお、は何が気に入ったのじゃ」
「たくさんっとってもきれいなものばかりなの!」
「そうか、だが無駄遣いはいかんぞ」
「父上! これきれいでしょ?」
「これ聞かぬか。……西陣の小袋か。ふむ、これは良いの」
「母上がすきなもよう!」
「そうなのか?! ならば一つ買うていこう」
「父上、知らなかったでござるか?」
「うっ……うるさいぞ」
「あ、父上、これ! これとってもきれいなの!」
 は上機嫌で父の手を取り次へ次へと引っ張り回し、昌幸のまんざらではない様子に弁丸も嬉しそうにおとなしく付いて行く。そのうちが弁丸と逸れたと気づく前に興味を惹かれた品物を指差すと、昌幸は目を細めそして少し難しい顔をした。
「これは……うむぅ、確かに美しいがには向かぬのぅ……」
「えー? どうして?」
「細長い故怪我をしてしまうかも知れぬ」
「うー、じゃあ母上には?」
「うっ母も駄目じゃ! これを贈ったら儂は八つ裂きぞ」
「どうして? とってもきれいなのに? 母上きれいなもの好きよ?」
「……大きゅうなったら教えてやろう。さあ、他のなら良いぞ。櫛が良いかの、母と揃いの袋も良いやも知れぬ」
 目尻を下げる父に釣られるように笑うだったが、ふと思い出したように声を上げた。
「あっ!!」
「どうした?」
「にいさまとね、今日は大切なものを買いにきたの」
「そうであった!」
「何を?」
「佐助のお祝い!」
「そうでござる!」
「祝い、じゃと?」
 一転目を丸くする父を見て、兄妹は顔を見合わせて笑う。そうして弁丸は得意げに言うのだ。
「忍隊の長になった祝いでござる!」
「なるほどのう……それで二人で。そうかそうか。分かった、時間をかけてもよいから佐助の為になるものを選べよ」
「はい」
「心得た!」
 父の言葉が嬉しかったのか弁丸とは愛らしい笑顔で手を繋いで店の端から端までくまなく見回る。どれがいいかと幼いながらに思案する姿は笑みを誘うには十分だった。程なくして、が一つの品を指差した。
「にいさまこれは!?」
「おお、これは!」
 昌幸が覗くとそこには凧糸の束があった。煌びやかな品の中であえて何故凧糸なのだろうか。ああ、忍びの佐助に煌びやかな持ち物があっても困るかも知れぬ、いやしかし変装でも使うかもしれぬし別にあっても、などと脳裏を駆ける思考を隅にやって素直に問うてみた。
「何故これなのだ?」
「佐助はお外におしごとに出るとき凧に乗っていどうすることがあるの。丈夫なものを使わないと切れるからたいへんだといつも言っているのです!」
「ほう、だから凧糸なのだな。よう考えておるわ」
「父上、おれもこれが良い!」
「そうか、弁丸もか。ハハ、じゃが木綿より麻のほうが良いぞ。麻は丈夫故な」
「麻でござるか!」
「二人とも流石儂の子だ。真田領には良い糸が入るのだ。覚えておくが良い」
「はいっ」
「しかし佐助の大凧に使うのはちと細いのう……。さらに編まねばならぬかものう」
 我が子二人の頭を撫でながら昌幸は満足そうだ。弁丸もも得意げに、そして店主夫妻も楽しげに品物を包むのだった。

「――っ」
「憎いねぇ、長」
「煩いよ」
 十蔵は人差し指と親指の間で口元を覆う佐助を茶化す。才蔵に引っ掴まれて屋根から引き摺り降ろされた彼だが、我が身の危機を感じる様子もなく何処吹く風だ。眼前の親子にも、そして十蔵にもやれやれと言わんばかりに首を振って佐助はこう返した。
「忍びは使い捨て、なのに昌幸様も何で止めないのかね」
「素直に嬉しいって言えばいいだろ」
「十蔵、おまえね、そんな大層な事言う前に今回の護衛ダメすぎでしょ。修行のし直しを命じたいところだよ」
「長になって最初の命令がそれとかきちぃな」
「さっき屋根の上で何してたの?」
「見られてたか。姫様泣きやまないから長に化けようかと思って」
「時間掛かりすぎ、何あの手際の悪さ。一瞬で出来なくてどうするの」
「俺も思ってたっての。何度やっても似ないしもう嫌になって大筒ぶっ放して長呼ぼうかと思ったね」
「だめでしょー!」
「ああ、長。長は先に帰って知らないふりして下さいよ。これ、長には内緒って言ってたから」
 反省の色の欠片もない十蔵に突っ込む佐助に六郎は申し訳なさそうに口を挟みいれる。十蔵を庇い入れる様子ではないことからそれを聞き入れることにしてはぁ、と息が漏れた。
「ったく……じゃあ先に戻るけど、二人とも後でお説教だから。……才蔵もね」
「何故だ」
「自分の胸に聞きなさいね」
 なんでこんな濃い連中に囲まれてお仕事しなくちゃいけないんだろ、佐助は諦念しながら素早く少し離れた木々の物陰に身を移した。彼が離れてすぐ、両手に凧糸の入ったであろう包みを抱えた弁丸が走り来る。
 佐助は? と辺りを見回す彼に六郎が笑顔で、戻ったばかりなのでやることがたくさんあるみたいです。大丈夫ばれていませんよ、と返すと幼い若様は破顔した。それを見ながら、でももう仕方ないか、と頬を掻いたのは自分だけの秘密である。

- continue -

2012-06-23

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