草木萌動(八)

 支城へ向かう道すがら、綱元の駆る馬に乗せられは政宗達が来た経緯を知らされた。
 襲撃に気付き政宗の命を受けた綱元と左馬之助はを探しに小屋に真っ先に来たのだという。だがすでに蛻の殻、辺りを探し回っていると坂の方から小競り合いの音が聞こえ、すぐに政宗に報せに走った。
 政宗は政宗で薙ぎ払った雑兵から魔王の妻らが指揮を執っていると知り、次いで来た綱元からの遣いの話を聞いて急ぎ合流した。同行していた左馬之助が先に人を遣り援護に向かったところ、成実が従えていた兵が女達を抱えて必死に降りてくるところだったそうだ。
 兵らは政宗の姿を見るなり、申し訳ありませんと涙ながらに地に頭をこすり付けて突っ伏し、要領が得ずにいれば、腕に手傷を負ったいつきがと成実が敵の手に堕ちたと言うではないか。それからや成実とは引き離され、女達だけでも逃がそうと隙を窺い、やっとの思いで此処まで来たのだと知らされた。状況は悪く、殿(しんがり)を努めた者達がまだ織田軍と交戦中だとも。
 それを聞いた政宗は小十郎の制止も振り切り、敵の正面を突破してを助けに来てくれたのだという。
「ご無事で、本当にようございました」
 言い終えた綱元の声は珍しく震えていた。
「織田軍は非道です。姫様が捕らわれたと聞いてどのような目に遭わされるかと皆血の気が引き申しました」
「心配をかけました。成実殿が護って下さいました」
「大手柄であられます」
「成実殿は大丈夫でしょうか」
「何とも」
 綱元は眉を寄せ首を振り、その様にも居た堪れず目を伏せる。
 成実の怪我は思ったより重症だった。足に受けた弾だけでなく、脇腹にも一つ当たっていた。かなりの出血があり左馬之助に抱えられ馬に乗り、皆は無事か? と聞いた後昏倒してしまった。気を揉んでも安全を確保できぬ外では弾の摘出も儘ならず、支城へ馬を飛ばすしかない。
「傍におりましたのに気付きませんでした」
姫様のせいではございません」
「……皆、これ以上怪我がなければ良いのに」
「左様にございます」
 そう答えると綱元は手綱を振り馬を速め先を見上げれば支城が目に入った。

 だがの願いもむなしく、事は簡単には終わらなかった。
 支城に着くと門、石垣の辺りは燻り地に伏せた者達の姿がそこらにあり、一目で何らかの小競り合いがあったのだと見当がつき一同に緊張が走った。
 人をやるとすぐに血相を変えた城代と喜多が迎え出て、怪我人の治療を一通り終えたら本城に移動して欲しいと言上してきた。危惧したとおり、この支城も襲撃を受けたのだという。政宗が滞在していたとあって皆、不測の事態に備えていた為すぐに撃退出来たものの、撤退させはしたが殲滅までには至らなかった。
 支城より本城の方が護りも堅く兵の数も多い。政宗の後顧の憂いを無くす為にもは本城へ移動しなくてはならなくなった。
 成実は一度目を醒ましたがその場で薬師らに口に布を詰められ、押さえつけられてや女達の目の前で弾を摘出された。女達は目を逸らしたが彼は呻き声すら上げず耐え切った。その後、血止めを塗られ意識を失った彼を移動させるには忍びなかったが、此処ではこれ以上出来ないという判断から彼も本城へ運ばれることになった。意識を失う前、戸板や荷車は要らない馬で運べ、急げ、と言った彼はやはり武の成実の名に劣らぬ、誉れ高き独眼竜の従弟である。
 一方村人達は支城に残り堀や柵を普請をすると言い、女達は戻ってくるであろう兵らの炊き出しを申し出て来た。
「此処に居れば村が見えるだよ、お殿様が戻ってきたらすぐに分かるだ」
 と言った彼らの強さと政宗への信頼が垣間見え、どれ程敬慕されてるかを知った。
 左馬之助は、この支城が落とされては織田の足がかりとなってしまうと言い、支城に留まり指揮を執ると申し出た。それを受けて綱元は麾下の手勢をすべて左馬之助に預け、は無事を祈りつつ喜多ら侍女と綱元と成実、そして成実の手勢に護られながら本城へ向かった。途中、何度か少人数であったが織田の兵と鉢合わせしたり、野伏せりに遭遇するなどあったがなんとか退け、一日と掛からず本城まで撤退したのであった。
 報せを受けていたのであろう政宗の叔父留守政景は、鎧直垂姿で出迎え達の無事を喜び、次いですぐ綱元と互いの情報を示し合わせはじめる。
 綱元が途中で捕らえた織田兵からの話しによれば、織田方は数隻の鉄船で北から奥州領内へ侵攻、村を襲い、支城を襲い、徐々に上から伊達を圧迫する気であったらしい。完全に北に目が向いたところを南から本隊が攻め入る気であったのかもしれない。
「織田に近い甲斐は大丈夫なのでしょうか」
「飛ばしていた黒脛巾組が丁度戻ってきたのだが平穏無事なのだ。完全な雪解けまで動けぬ我らの目を掻い潜り武田旧臣の調略でもされているかと思ったのだが……」
「魔王、本当に解らぬ人だ。妻も妹も戦場に出し血に染める」
「人を……殺めたいだけなような、寒気がする」
「ええ」
「……政宗様はご無事だろうか」
「小十郎がついております。命に代えてもお守りするでしょう」
「だが織田は分からぬ。魔王本人が来ていたら」
「政景様、援軍を。政宗様にすぐ送れるように致しましょう」
「……そうだな、言うても始まらぬ」
 それから二人はどれ程の数を割くか、兵糧の数の再確認と城下の警戒はどうなっているかなど差配しはじめた。
 政景にお休みくださいと言われたが、彼や綱元とて休んではいない。政宗の心配もあるのだろう、顔色は殊更悪い。自分だけ休むのは気が引けたが、さりとて彼らの話を聞いていても何も出来ないは下がるしか術が無い。
 ならせめて、と領分である奥御殿に行き、動揺せぬようにそして綱元と政景からの指示があれば自分に伺いは立てずすぐ従うようにと伝えた。食料に関しては兵糧の数などと照らし合わせて、遅れて戻ってきた元信と厨方が動くだろう。
 村で矢傷を負った者達は、政宗達はどうなっただろう。彼らを案じながらも、に出来ることはただ悠然と構えておくことくらいだった。
「喜多殿、成実殿のお加減は?」
「薬師の見立てではお怪我自体は命に関わるものではないそうです。ですがご出血が酷うございますので予断は許さないご容態です」
「そうですか……」
 喜多を伴ってそのまま成実が伏せる部屋に着くとすでに薬師の治療は終わり侍女頭達に薬湯の説明をしているところだった。幼子の頃から成実を知る侍女頭はことのほか心配のようで今にも泣きそうな顔をしている。
 薬師の許可を得て彼の顔を覗けば、馬の移動が堪えたのだろう、本城に着いた時より顔色が悪くなっていた。自分を庇って受けた傷だと思うと一層心が痛む。時折、痛みからか顔を顰める様は政宗によく似ていた。今、政宗も手傷を負っているかもしれない、嫌な考えが過ぎると手拭いを握った手は震えてしまった。
「政宗公……」
 喜多はその様をただ黙って見ていた。

 ――雪が降る。
 冷たい雪が頬に、柳髪に、触れるのも構わず、雪にその身を覆われてゆく義姉と兄の従者の姿を眺めていた。
「市にはなにもない、なにも残らない。真っ白に消えてゆくの……」
「……長政さま……」
 ゆらりゆらりと足を進め、時折楽しそうに笑いながら彼女もまた雪に消えていった。

- continue -

2011-10-08

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