草木萌動(三)

 政宗達は村長に誘導され村の彼方此方を視察していた。村の一角に作られた米蔵には十分な米が蓄えてあり、この分なら彼らは飢える事はないだろう。只物資が心許無い、先の一揆で使い物にならなくなった農具など、自分の采配一つで補充してやることは可能だが、この村だけそうしては不公平であるし周りの村の嫉妬を買い諍いになれば結局困るのはこの村の者らだ。他の村々とも吟味して慎重に勧めねばなるまい。傍に控える元信に指示して、政宗は村を眺めていた。
「よろしかったのですか、政宗様」
「何がだ?」
「狭織は武具にも使うもの、それを容易に、しかも一度武器を手に取った者達に教えて良いのですか? 真田に至っては忍びが行商人に身をやつして売りに歩き各国の情勢を探っていたくらいの代物です。その気になれば彼らとて」
「構わねえよ。これが根付けば他国に売り出せる名産にも出来るし、そもそも生活が潤えば武器を手にする必要もねえ。あとは俺が不満を煽るような政さえしなけりゃな」
「そこまでお考えなら何も申しますまい」
 この竜の右目は至極心配性だ。口煩いと思われようとあえて問うてくることが多い。大抵の場合が眉間に皺を寄せて話すものだから、気難しいと女子にも誤解され長く一人身であった。
 が、先年漸く妻を娶った。どんな顔でどんな小言を話すのか容易に想像がついて、小十郎の内儀も大変だな、と彼の妻を労らわずにはいられない。彼女は一度小十郎に連れ立たれて顔を合わせたことがあった。知らぬものが見れば、強面の小十郎に脅されて連れて来られたんじゃないかと思う程、不釣合いなくらい可愛らしい顔をした女で、こんな娘が小十郎の小言に耐えれるのかと心配したが、彼女は恐ろしく肝が据わっていて懐が広いに違いないのだろう。今のところ二人が不仲だという報告は上がっていない。
「如何なさいましたか?政宗様」
「いや」
 当の本人に含み笑いを隠しながら、何気なく周囲に目をやると政宗は動きを止める。
「Hum...」
 何かがおかしい。遠くで土煙が上がっている気配がする。
「――Hey,小十郎」
「は」
「何か聞こえねえか」
「――っ、政宗様」
「筆頭――!」
 主君の言葉から小十郎が異変を察し、控えてきた綱元と左馬之助も身構える。辺りを見回したとほぼ同時に慌しく家臣の一人が駆けてきた。切羽詰った形相で政宗の前に座すると大声で言上する。
「敵襲です!」
「ああ分かってる、紋所は?」
「木瓜にて! 数は三百程!」
「織田だと!?」
「この時期に北上してきたというのか!」
「そんな数目立たないわけがない。何故此処に来るまで報告が上がらなかったんだ!」
「海に面しておりますれば、恐らく海路を使って来たものかとっ」
「織田め、得意の鉄船か!」
「Shit! そんな数で農民苛めにでも来たのか! ふざけやがって!」
「政宗様、数が少ないとはいえ戦支度の整わぬ我々では不利です。織田は鉄砲隊が主力、村を囲み砲撃されては厄介です」
「だな、綱元! 左馬之助! と女達を連れてすぐに支城に移動しろ! 出来そうにねえなら俺の所に連れて来い!」
「御意!」
「了解っす!」
「わすが案内致しますっ」
 村長の傍に控えていた男が進み出て、こちらですと走り出し綱元達はそれに続く。
「お殿様、おら達も戦います」
「気持ちはありがてえが逃げろ、女達が生き残ってもアンタらが居なけりゃ村は立ち行かねえぞ」
 一揆鎮圧後、只でさえ鋤や鍬も不足している彼らだ、刀なども使い物にならないものが多いだろう。無駄に命を散らせる訳にはいかない。
とはいえ、武装はしていても敵方程の兵力で視察に来ているわけではない。自身や小十郎、成実と一騎当千の兵が居るとはいえ女子供を抱えての闘いは厳しくなる。ことに、非道で知られる織田軍ならなおのこと、それを突いてくるだろう。
「だども」
「なら村が見渡せる場所を教えてくれ、奴らに取られる前に」
「へえっ」
「存外近えな……」
 耳に入る音からもうすでに村の近くまで来ているとみていいだろう。村は城のように堀がある訳でもない。ぐるりと囲まれているのなら村の奥に居る達とて安全ではない。
 支城までは無理かもしれないな、と政宗は独り言ち指揮をする。
「橋を落とすか……いや無駄か」
「時間稼ぎにしかならないでしょう。すでに周囲に潜まれていたらそれこそ袋の鼠になってしまいます」
「だな、綱元達を先に行かせたし退路を作ってから高台を目指すか。期待してるぜ竜の右目?」
「御意」
「テメェら! 気合いれろよ!」
「おお!!」
 政宗が自身の誇る六爪を抜き高らかに掲げれば兵達の喊声が上がった。

- continue -

2011-09-17

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