草木萌動(二)

 目的地である最北端の村に着くと、挨拶もそこそこにいつきに手を引かれた。戸惑って政宗を振り返ると只頷かれてそのまま村の奥へと誘われる。
「しっかり教えてもらえよ!」
 と後ろから政宗が言えば、いつきがご機嫌で応えるので何事かと思案する。の様子を余所にいつきは至極上機嫌で、こっちこっちと急かし、誘われるまま歩を進めた。
 最北端の村の雪解けは政宗が言ったとおりまだ遠いらしく、踏みしめる雪はきゅっきゅっと真新しい音を立てる。護衛についてきたらしい成実に、足元に気をつけるように促され、上田の雪とはまた違う慣れない地面に四苦八苦させられる。対して成実やいつきは意に介さず歩を進めるので北国育ちの逞しさを感じずにはいられない。
 ここだべ、といつきが言い小屋に足を踏み入れると村の女達が数人控えていた。
「ねえちゃん、紐の織り方教えて欲しいべ」
「え」
「あれ? 青いおさむらいさんから聞いてないだか? ねえちゃんが武具に使える紐織るのが上手だから教えてもらえって」
「梵の奴肝心なこと言ってなかったのか」
 成実が言うには、以前打掛の礼にと贈った狭織の織り方をいつき達に仕込んでやって欲しい、というのが政宗の意向のようだ。
「奥州の冬は外に出れないから、こういう内職をどんどん発展させたいんだよ。これなら実用的だし、腕が上がって飾り用の細かい文様も出来るようになれば暮らしも楽になるでしょ。産業として根付いてくれれば言うことなしなんだけど」
「そういうことでしたら喜んで、――けれど狭織はどこにでもありますから、そんな特殊なことは教えられないのですけど」
「そうでもないよ、堺でよく評判だったんだ。真田領で作られる紐は丈夫だって」
「え?」
「だから余所とは違う織りをしてるのかなと個人的にも興味があってね。知らなかった?」
「はい、存じませんでした」
 答えながら、そういえばと思いを巡らせる。上田では城詰の侍女らはもちろんのこと、忍び達の居としてあった草屋敷でも忍びもくのいちもよく狭織を織っていた。奥州に来てからは城内もあまり出歩かないので気付かなかったが喜多らを始め奥向きの者達も狭織を織っていたという記憶はない。上田では当たり前であったからそれが特筆すべき名産だと思ってはいなかった。
 こうして外に出てみると分かる、自分は存外育った地のことでさえあまり深くは知っていない。物を知らない世間知らずだと。
「では早速始めましょうか」
 立ち尽くしたままでは何も始まらぬとは腰機の傍に座り糸を選別し始め、いつきは興味津々と目を輝かせる。村の女達は畏れ多いと遠慮がちにいつきの後ろで糸を見つめていた。

 成実は部屋の隅に腰掛けてその様を見守ることにした。これからは睡魔との闘いだな、などと思いながら差し出された白湯をに口を付け、一気に飲み干した。

 それから腰機の前に座って一時と少し、いつきを始め女達は熱心に耳を傾け、腰機と格闘している。の白い手は何かの術を使うが如くどんどん織り進めるので、遠目に見ていた成実は驚いていた。
 絡まる糸にいつきは悪戦苦闘し、解こうと思えば身体に巻きつくまでになってしまう彼女には笑いを堪えながら解いてやる。どうやらいつきはこういう作業は苦手らしい。
「はぁ〜、おらに出来るだかなぁ」
「大丈夫、ゆっくりね」
「うん」
 は実に甲斐甲斐しく皆に教えまわる。案外人に教えることが性にあっているのかもしれない。
 彼女を同行させると政宗が言い出したとき、反対する小十郎に綱元は言った。
『真田の姫が生家で評判の紐織り技術を手ずから領民に授けた』という話が、人々に伝われば、この工芸が根付くのに一役買うかもしれない。人は箔が付くことにとかく弱いからだと。黙って連れて来られたには悪いがそういう思惑もあった。政宗自身にはその気はなかっただろうが。
 内心後ろめたく思いながらも様子を見るにつけ、彼女の気分転換になるようなら連れて来たのは案外良かった気もする。特に、いつきと話す際は身構えるような素振りもない。城ではあまり見られない姿だ。
 女達は多少なりとも気安くなったのか、織りながらも止め処なく話し始め、和やかな空気が流れている。腰機の音も心なしか規則正しく聞こえ出してきた。
「ねえちゃん、この前聞いたことだども」
「何かしら」
「ねえちゃんはずっと青いおさむらいさんの傍にいるだか?」
 といつきも絡まった糸を丁寧に解し調えながら、女子同士の会話をしているようだ。子供とは恐ろしい、自分達が聞きたくても聞けないことをいとも簡単に言ってのける。
 若干の気まずさを覚え成実は寝たふりをした。視覚を閉ざし別の方に意識を行かせようとする。
「……わからないわ」
「青いおさむらいさんは優しいべ、ねえちゃんには一等だ。ねえちゃんは青いおさむらいさんのこと嫌いだか?」
「……嫌い? ではないわ」
「じゃあ好きだか?」
「貴女は難しいことを聞くのね」
「なんでだ? 簡単だべ?」
 首を傾げるいつきには本当に困ったように、そして悲しそうな声音で言うのだ。
 ああ、と内心成実は嘆息する。
「いっそ、ただ憎めたら楽なのにね」
「わからねえだ」
「……そうね」

 腰機の音が再開し、成実ははっと目を開いた。
 しまった――
姫! 皆すぐに腰機とめて!」

- continue -

2011-09-10

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