恋の端、登れ恋の坂(九)

 週が明け三日間続いたテストも本日で終わりだ。格段苦手だと思った分野を政宗は知らないがいつも以上に滑りが良かったのは勉学の過程が良かっただろうと一人思う。いらぬ襲撃は多かったが。
 テストが終わればその日から部活動は再開だ。心に浮かぶかの人もその例に倣い今日は弓道着に袖を通すのだろう。昼だけでも一緒に食わないかとメールを送ろうとも考えたが、午前中授業後の部活動の時は大抵部活仲間で集まって食事を取っていると鶴姫から聞いたことを思い出し、一息吐いてペンケースを鞄に詰めた。
「あ、しまった」
「真田どうした?」
「失態にござる。某袴を入れてきておらぬ」
「上はあんのに?」
「上は家で洗濯をしてそのまま鞄に入れたのでござるが、下はクリーニングに出しておって、持ち帰った後風通しをしていたらそのまま」
「ああ、俺もよくやるわ。どっちも同時に出来りゃ忘れねえんだけど」
「左様、したが如何するか。このまま取りに戻っても間に合わぬし」
「家族に持ってきてもらうか、それかこれ幸いに休んじまえばいいじゃねーか」
「某サボるなど出来申さん」
「知ってる」
 左斜め前の席の幸村は生真面目に答えて思案に暮れだす。政宗は彼の性分を真似出来ないと思いながらノートを手に茶化すように続けた。
「俺ならすぐ休んじまうがねぇ」
「政宗殿の言葉はとても甘美なれど毒でござる。今日は誘惑に乗ってしまいそうでござる」
「お前もサボりたいと思うことあんのかよ」
「テスト明け故」
「そりゃな」
 ノートも仕舞い終えて政宗は席を立つ。もう一度こいつに悪魔の囁きでもしてやろうか、などと考えていると教室の入り口が俄かに騒がしくなる。政宗も幸村も何事か、と目をやるとそこには見知った姿が携帯を手に息を切らせて立っていた。
「だ、伊達先輩っ!」
「これは巫殿」
「よう、どうした?」
「あ、あの! 先輩今日の放課後っ」
「ああ、部活じゃねえの?」
「知らないんですか? わたしさっきそこの職員室で先輩に会って今日お休みするって聞いたんですけど」
「まじか」
「それでお休みの理由が、男子生徒とテスト前から約束してたことがあってそれで今日一緒に出かけるって……」
「Ha!?」
「巫殿、その男子生徒とは?」
「ああ、ええと、誰でしたっけ名前が思い出せない。同じ部の……っ」
まだ居る?」
「はい、さっきまで顧問のお濃先生と話してましたから……っ伊達先輩!?」
「悪ぃお先」
 鞄を引っ掴み挨拶もそこそこに踵を返して慌しく教室を駆け出す政宗に、幸村、鶴姫、そしてそれまで個々に会話をしていた悪友らを含むクラスメートは手を止めて目を見張った。
「え、なになに? 政宗どうしたの?」
「幸村、なんか知ってんだろ?」
「いや、如何答えたものか……」
「鶴の字、おめえ政宗になんか言ったか? ……聞いてねえな」
「伊達先輩、あんなに必死にっ……わたし、感激です!」
 佐助、慶次、元親の問いも鶴姫の耳には入らない。両手を組んで目を輝かせ全身から歓喜の色を発する彼女にそれ以上の問いは無意味であることを元親は知っている。そうなれば標的は当然幸村だ。
「幸村」
「某、今日は部活を休むでござる」
「は?」
「佐助、俺は今日休まねばならぬ気がするのだ!」
「意味わかんないよ」


 はあはあと息を切らせながら廊下を走り階段を飛び越える。生徒指導の教員に見つかればことだな、などと考えるのに自分は何故ここまで必死なのか。駆けながらすれ違う生徒たち、彼らの目に今の自分は稀有に映るに違いない。
 何度目か角を曲がり目的の場所に着けば、かの人の後ろ姿があった。彼女は丁度職員室を辞したところだったようだ。
「――失礼しました」
!!」
「えっ、――あっ、伊達君! どうしたの?」
「今日の予定って」
「ああ、うん。ちょっとお出かけ。部活ずる休みしちゃった」
 余りにも息を切らす政宗には目を丸くするも、普段と変わらない受け答えの彼女に焦燥と安堵が入り混じる。この定まらぬ感情はなんなのか、政宗は答えの出るままの腕を握った。
「ちょっと来い」
「あ、だ、伊達君!?」
 聊か強引に、そして乱暴に来た道を戻り階段を上がる。時折、伊達君、痛いよ、どうしたの、と問う彼女が痛々しくもどかしい。四階建ての校舎だが生徒が使うのは三階までだ。その三階も抜けて四階、そして屋上に踊り場にきたところで政宗は止まった。
 壁にを貼り付け彼女の頬の傍に手を付いて顔を近づける。身長差がある為かそれが覆い被さるようにも見えるかもしれない。は不安げに見上げてきた。
「何で俺に言わねえんだよ」
「え?」
「男と二人っきりってどういうつもりだ」
「あ、ああ、今日のこと? ケーキバイキングのチケット、小早川君に貰ったの。券一枚で四人まで割引だから一緒に行こうって」
「Ha?」
「ごめんね、伊達君も行きたかっ……っんんっ!」
 有無を言わさず彼女の唇に吸い付いて突然のことに抵抗もままならない口の中に分け入る。彼女が身を硬くするのが分かったが舐め上げて少しばかり覗いた舌にまた吸い付いてやった。とんでもなく甘いと感じた。
 そうして彼女の息が苦しくなる頃を見計らい唇をそっと離した。
「Ha...な訳ねぇだろ」
 見上げる彼女の頬は染まり、眸は少しばかり潤んで政宗の焦燥を一層掻き立ててくる。
「行くな」
「伊達く……」
「他の男にほいほいついて行くんじゃねーよ」
「な、ん」
「小早川とはどこで待ち合わせだ?」
「しょ、降口の、とこ」
 思考が付いていかないのかは問われるまま答え、政宗は彼女の頬の横に付いた手はそのままにし、もう片方の手で手早く携帯電話を操って友人を呼び出した。
「真田か? 今すぐ昇降口に行け、小早川がケーキバイキングに行くらしい。ああ、の代理だって言やぁ通る」
 電話の先で、殿!? ……心得た! 某何も申さず助太刀いたしましょうぞ! と答えた幸村の声はの耳には届かない。
「お前、珍しく空気読んだな。じゃ」
 パタリと閉じれば、それまで虚を突かれていたがはっとしたように声を上げた。
「だ、伊達君、ケーキっ、じゃなくて、じゃなくて!」
「行くなよ」
「だ、だからなんでっ……今、な、で」
「お前に惚れてるからに決まってんだろ」
「……うそ……」
「今嘘付いてどうすんだよ」
「あ、」
「好きだ」
「だて、くん」
「好きだ、
 携帯電話を仕舞った手はの頬に触れる。滑らせるように撫でて親指は彼女の花唇を辿り、そうしてまた有無を言わさず口付けた。
「返事、今すぐ寄越せ」
「短気」
「尤も、Yesしか聞かねぇ」
「は、っ……私も、好き、か、も」
「なんだそりゃ」
「だって好きとか嫌いとか、こういうの初めてで、でも、一緒にいるの、心地良くて、わかっ、ぅ」
 もう一度口付けて、政宗は今日初めて笑んだ。
「俺は短気じゃねえぞ、本当に短気なら餓鬼の頃にお前の顔見に行ってるっての。だから――ゆっくり、な?」
「うん……あのね」
「Um?」
「ほんとは、伊達君も誘おうと思ったの。だけど、甘いもの苦手って言ってたからなんとなく言い出しにくくて、だから」
「確かに甘めえもんは苦手だが、お前が食べてえなら食えんだよ」
「――っ」
「食いたかったら誘え、俺だけな?」
 最後の言葉に一層頬を染める彼女に政宗は至極満足して今度は額に口付けした。
「ケーキじゃねえけど、幸村お奨めの美味い甘味の店があるんだ。そこ行かね? 俺が食えるものもあるんだ。……と、その前に、ちょっと待っててくれ」
「うん?」
「ああ幸村、悪ぃ、用事を頼みてぇ。そっち行くわ、ああ」
 彼女に背を向けて再び幸村と話す政宗の表情は打って変わって凶悪に満ちていた。

- continue -

2013-01-26

キス魔伊達。