恋の端、登れ恋の坂(六)

 何時ものようにやってくる昼休み、屋上では当然の如く同じ面子が顔を突き合わせていた。ただ一つ違うのは、各々の面様だ。一人はごくりと喉を鳴らし、また一人は寒気を覚えたかように両腕に手を添えてぶるりと身を竦ませた。
「そんなことが……」
「マジか……」
「猿飛、白昼夢でも見たのではないか?」
「いっそそうだったらいいと思った。いや、今のほうが健全でいいはずなんだけど……」
 元親は唖然とし、格段興味を示さぬはずの元就でさえそう聞き返した。それ程、朝の政宗は彼らしからぬものだった。女性に関しては傍若無人、だがそれでも群がる花の絶えない男、それが彼らの知る伊達政宗なのだ。
「いやぁ良いじゃないの! あの政宗が恋に目覚めたなんてめでたいじゃん! 祝ってやろうぜ!」
「ああうん、慶次はそうだよね」
「佐助冷たい」
 などと言う慶次だが、さして気にする風でもなく伯母が毎朝作ってくれるという弁当からウィンナーを一つ頬張った。
「つーか政宗はよ?」
「理数科に行くって」
「ってことは例のちゃんのところだよね」
「伊達から女のとこに行く、……だと」
「理数科って男ばっかだから気が気じゃねーんじゃねえの?」
「そういや結局あれからその娘の顔見てなくね?」
「なんか見に行っちゃいけないような気がして……」
「分かる、聞くだけなら政宗適当なんだけど会うとなると多分顔色変わるぞ」
「今の話聞いてますます見に行けなくなったわ」
 快晴の天が清清しさを運ぶはずの場所、だが男たちは、否、長曾我部元親、猿飛佐助、毛利元就の三人は言いようのない空気に覆われた気がして互いの顔を見合わせたまま固まってしまった。今まで我関せずを決め込んだかすがは呆れ顔で、人の恋路を喜ぶ前田慶次は真田幸村と顔を見合わせ、慶次は苦笑と、幸村は弁当の中身を減らすことに精を出しながら不思議そうな面持ちそれをで眺めることになった。
「こんにちはー!」
 その幸村の箸が金平牛蒡に添えられたとき、陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすかのように屋上に繋がる扉が開き年相応の明るい声が聞こえてくる。
「鶴の字、今日は遅えな」
「ちょっとメール打ってたら遅れちゃいました。皆さんどうしたんですか? 顔色悪いですよ? ご飯ちゃんと食べました?」
「う、うん」
「いっそそのまま倒れてくれれば静かでいいのだがな」
「かすが非道い!」
 鶴姫は季節はずれの春風のような笑顔でさながら雪の結晶のようなかすがの横に腰を下ろすと楽しそうに弁当箱を開ける。男たちに対する冷たさとは対照的にかすがの口元はゆっくりと緩む。
「あ、かすが先輩、ウィンナーとシュウマイ交換しましょう」
「かまわんぞ、好きなのを持っていけ」
「やったー! お礼にミニオムレツもプレゼントです」
「ああ」
 鶴姫の登場で一部を除き場は華やぐ。大きな神社の跡取り娘として沢山の氏子にちやほやされて育ったせいか世間知らずな面も多々あったが人心を和ませる才は天性のものだ。彼女は弁当と共にランチトートに入れていた上等な菓子箱を取り出して紐を解き、幸村の前に差し出して笑顔のまま続けた。
「真田先輩も交換しましょう! はいっ」
「ぬ、ぬあ! お、女子と口をつけたものを交換とは破廉恥でござるっ」
「まだ食べてないです! 真田先輩だってまだタルトに手をつけてないでしょう? これ氏子さんに頂いたさつま芋の茶巾絞りなんですけど交換してくれませんか?」
「なっ、それはまた上等な和菓子ではござらんか。良いのござるか? コンビニの百円タルトとはいささか釣り合わぬ気がするのだが」
「実は……ものすごい量頂いちゃって帰ったらそれと格闘なんです。だから今は別のものを食べたい心境で……」
「成る程、そういうことでしたらこの幸村、ご助力致そう!」
「おい鶴の字、俺らにはねえのかよ?」
「真田先輩とかすが先輩は交換だから優先です」
「俺のパンやんぞ? ほれ」
「食べくさしなんて要りません! もう! やっぱり海賊さんは品がありません。仕方ないです。わたしはオトナですから気前良くバシっと交換して差し上げます」
「お前今余ってるって言ってなかったか?」
「はいどうぞ」
「って、幸村は重箱一段丸々で、俺らは四人で一段かよ!」
 鶴姫は元親に対して殊更そっけなくあしらい、もう一段あった重箱を手渡した。二人の何時ものやり取りを見ながら、自らを大人と言うは未だ我が身が子供であると言うておるようなものよ、と内心元就は皮肉り、慶次は楽しそうに笑い、佐助といえば人好きのする笑みを貼り付けて、ご相伴に預かるよと茶巾絞りに手を伸ばした。
「かすが先輩の分はケーキ箱に入れてますから持って帰ってあの方とどうぞ」
「本当か! あ、ありがとう」
「わたし、今最高にデキる女です」
「はいはい、デキる女デキる女……ってこれ島津屋の和菓子じゃねーか!」
「海賊さん食べただけでよく分かりましたね。甘いもの食べてるイメージがないから意外です。それなら皮肉じゃなくもっと持って来れば良かったです」
「あんま食わねえけど島津屋のなら別だろ!」
「なら、あとでうちに取りに来て下さい」
「おまえんちに入り浸ってるじーさんやらおっさんやらうるせーからなァ」
「島津屋に対する情熱はそんなものですか! って氏子さんを悪く言うの止めてください!」
「んだと! おーし、入ってやらぁ!」
「……阿呆よ」
 猛る幼馴染同士の罵り合いに、元就は無表情のまま有名和菓子店の茶巾絞りを口に運びながらそう呟いた。甘すぎず、硬すぎず、口内に広がる甘味は心地良いものだ。流石は鬼島津よ、と体格の良い菓子職人の姿を思い浮かべて鼻を鳴らした。だが佐助の横で、美味いでござるー、と味わう暇もないのではと思うほど口に頬張る幸村が目に映ると人知れずなんとも言えない心持ちになった。
「はあ、ほんとは海賊さんにじゃなくて宵闇の羽の方にお渡ししたかったです……」
「またあいつ捕まんなかったのか」
「風魔は神出鬼没だからなぁ」
 鶴姫は入学式のときに運命的な出会いを果たしたと自負する一年上の男子生徒の姿を思い浮かべて悩ましくもはぁと息を吐いた。姿を見かけるたびに近づくのだが、その都度躓いたり、手間取ったりしているうちに相手は姿を消してしまうのだ。未だ一声すら掛けることの叶わぬまま思慕だけが募ってゆく有様。彼女の恋はまったく前途多難のようだ。
「気を落とすな、必ず報われる」
「そうですよね。いいことをしていればいいことが返ってきますよね!」
「そうだ、その意気だ」
「あ、わたし今日とってもいいことしたんですよ。この茶巾絞り先輩にも渡してきたんです。伊達先輩メールでお昼は先輩のとこ行くって言ってたし、今頃二人で食べてくれてるんじゃないですかー。エヘヘ」
「っぅぐ!」
「ぶふっ!!」
「二人が結ばれたらわたし、キューピットです! 大三島神社は縁結び神社としての道も開けますよー」
「鶴の字」
「はい?」
「……うらむぞ」
「な、なんでですかー!」
「一気に現実に引き戻された……」
「へっ?」
 鶴姫としては元親の言葉は要領を得ないものであったが、佐助と元就も下を向いているのを見ると自分が何かを仕出かしてしまったということだけは理解できた。
「いや、悪いのは鶴姫ちゃんじゃないし」
「ああ、そうだ」
「あ、ああ」
 知りたいような、知りたくないような、興味はあるのだ、それこそ富士の山を突き抜けるくらいに。だが知ってしまえば、あるいはあの様変わりした友人を見たそのとき、腹筋やら心臓やらが持つのか三人は真剣に心配になっていた。対してかすがは一層呆れ顔になり、慶次は困り顔で首を振った。
「政宗殿が真面目に女子と付き合われるのは良いことでござろう?」
「顔に芋くっ付けて言われてもな」
「旦那拭いて!」
「うむ。ならば素直に見守って差し上げるがよいであろう?」
「わたし、応援しちゃいます☆」
「俺らも応援するんだが」
「いろいろと心の準備が、うん」
 幸村の追い討ちであり不意打ちにしどろもどろの感が拭えぬ三人は、ますます悶々とした気分を抱える午後となったのだった。

- continue -

2013-01-05

鬼島津のおじいちゃんまさかの菓子職人。あの大きな手で背中を曲げて和菓子を作る鬼島津さんの姿を見てみたい気がします。
小さな子供がくると目じりを下げて売り物の和菓子を振舞う、そんなお店の店主だったらいいなぁ(妄想中)