恋の端、登れ恋の坂(五)

 その後は面倒くさかった。小十郎が寄越した迎えの車の後部座席に陣取った途端、携帯電話は忙しく音を立てた。それは弓道部の女子部員たちをようやく撒いたらしい佐助や元親らからのもので、メールでも通話でもその後の展開を姦しく聞き立てるものだった。それから二週間の間、会えば同じことを聞かれ、その都度適当にあしらう羽目になったのだが。意外だったのは女のように聞き立てるのは元親らで、どっしりと構えた男のようにただ成り行きを見守るのはかすがや鶴姫であったことだ。女三人寄れば姦しいなどと言うが、それはこの面子には当て嵌まらないということを身を持って知った政宗だった。

 朝の登校後、本日の第一関門である慶次の質問攻めを逃れた政宗は気だるそうに席に着いて小さく息を吐いた。
「朝からお疲れだね。竜の旦那」
「お前らのせいだがな」
「辛辣ぅ」
「しな作んなきめぇ」
明らかに面白がる猿飛佐助は政宗の前の席に腰掛けてにやけ顔を隠そうともしない。その佐助の横、政宗の視界に入る真田幸村は朝練後の栄養補給とばかりにブルーベリークリームを挟んだクラッカーを頬張っている。
「つかさー、最近女の子たちが言ってるよ。政宗が構ってくれないって。誰とも連絡取ってないの?」
「――ああ」
「気付いてなかったって感じだね」
 その声に政宗は空返事で返し、携帯電話を手に素早くメールを打ち始めた。
「右目の旦那に?」
「いや、――覗くなよ」
「へー! あの娘とアドレス交換したんだ!」
「しっかり見やがったな」
「さあ聞かせて貰うよー」
「うぜぇ」
 佐助は一層面白そうに目を輝かせ政宗の肩に腕を回してくる。
 前述の通り、政宗の携帯番号、アドレスを知る女子はかすが、鶴姫、そしてだけだ。政宗の交友関係は広いが、女子のアドレスを聞いても自分が教えることはなかった。女たちから煩く干渉されるのは御免であったし、政宗にとって群がる彼女らは所詮その程度のものでしかなかったのだ。気が向けば自分から非通知で連絡し戯れる、至極身勝手な男だが、彼がそんな不遜なことを言ってもやっても女たちはほいほいとアドレスを晒してくるのだから、周囲はどちらに対しても困ったものだと首を振るしかない。
「竜の旦那がアドレス教えるなんてねぇ! どんな風にお願いされちゃったの?」
「ちげぇし、教えたの俺だし」
「は?」
「つかあっちからのメールなんて一度もねぇよ。こっちから誘って答える位だし」
「どう……」
「どうもこうもねぇよ。今だって週末出かけようって誘っただけだしな。毎回断られねぇだけマシだな」
「竜の旦那が誘った!? 何の冗談!?」
「jokeにする意味ねえだろ」
「う、嘘だろおおおぉおおおぉおぉ!!」
「耳側で叫ぶなよ」
「だ、旦那を袖にする女が居たんだ!!」
「うるせー……ったく」
 政宗はそこまで言って携帯電話をぱたりと閉じ、自身の髪をぐしゃりと握って大きく大きく溜息を吐いた。
「調子狂う……」
「わー」
「あいつマジで何が好きなんだよ。考えんだよなァ、誘っといてつまんねーとこには連れてきたくねぇし」
「ワ、わァ……」
「結局思い浮かばなくてテストが近ぇからって図書館に誘ったんだぞ、この俺が」
「……う、あ」
「shit, 本人に聞いても絶対こっちにあわせてくるだろうから聞けねぇし」
「……う、うん。そうなの、かなぁ?」
「ここまで聞いたからには猿、案出せよ。下世話だったらぶっ殺す」
「目が笑ってないね、竜の旦那……」
 その後、意外にも佐助の窮地を救ったのは幸村であった。袋の中に余るクラッカーを政宗に差し出して、巫殿に殿の好みを聞いて貰えば良いのではござらんか? とまともな意見を叩き出して自らは水筒に口をつけた。
 クラッカーを手に取った政宗は、無言のまま口入れて嚥下するとそれもそうだな、と頷き、また携帯電話を忙しく操作しだして、佐助は一層目を丸くする羽目になるのだった。

- continue -

2012-12-29

**