政宗とかすがが裏門に着いて一分も経たず、息急いだ、だが聞きなれた声が二人を呼び止めた。
「かすが先輩! 伊達先輩!」
「来たぞ」
「ああ、撒けたみてぇだな」
視線をやれば手を振りながら駆ける鶴姫と、彼女の後ろを付いて来る女子生徒の姿が見えた。およそ三、四十分前、弓道着姿だった後輩はメールの文面通りいつの間にか制服に着替えていた。鶴姫は一仕事終えたとばかりに満面の笑みで後ろの女子生徒の腕を引っ張っている。
「お待たせしました!」
「鶴姫、よくやった」
「えへへ!」
「あいつら今頃揉みくちゃだろうな」
「罰が当たったんですよ!」
「というか当てたんだろ」
「――それで」
「そう! `そうです! 先輩っ」
鶴姫、かすが、そして政宗の三人は軽口を済ますと、本来の目的である人物へと眼を寄せる。鶴姫に手を引かれて進み出たのは女子生徒は若干の戸惑いと羞恥と僅かな笑みを持って応えた。
「……です」
その姿に政宗は我知らず目を見開いた。鶴姫のような無邪気な可愛らしさとも、かすがのような冴える美しさとも違う彼女だが、目元は理知的で少しだけきゅっと結んだ唇が印象的だ。もっと微笑んだらどんなに可憐だろうか。自分より年を重ねた小十郎ならばどんな感想を出すだろう。案外、数年で化ける、とでも言うかもしれない。
脳裏でそんな感想を抱きながら、殊更気のない態度を装い手短に名前を告げると彼女は遠慮がちに頷いて記憶を手繰り寄せるように呟いた。悪くない仕草だと思った。
「伊達君、うん、伊達君……聞いたことあるよ」
だろうな、等とは答えない。感想などすべて胸のうちに仕舞い政宗は続ける。
「コイツから聞いてるか? 悪いな巻き込んじまって」
「ううん、気にしないで。でも、なんか凄いね。噂どおりの人気……」
「先輩ごめんなさいです。全部海賊さんたちが悪いんです」
「間近で見たら凄いなって思っただけだよ」
鶴姫が話しかけるとの表情は俄かに柔らかくなる。九年間名前しか知らなかった女が目の前に居る。どんな女なのか、男にすぐ靡く女だろうか、それとも成績が物語るように勉学ばかりのつまらない女だろうか? 焦る事はない、自分は九年間も名前のみの彼女を追っていた。それが何時か増えることなど造作もない。政宗は暫し彼女を観察することにした。
「鶴姫ちゃんに聞いたけど塾が一緒の伊達君本人なんだよね?」
「ああ、ハジメマシテだな」
「こちらこそ。伊達君ってそういう顔してたんだね」
「なんだそりゃ。ってアンタもそういう顔してたのかよ」
「こういう顔です」
どうやら軽い冗談を言える女であるらしい。互いに噴出す横で鶴姫が感慨深い表情をしている。
「順位表ではアンタの名前、何度も見るのに一度もすれ違う機会すら無かっただろ? だからどんな相手なのか気になるってあいつ等に口を滑らせちまったんだ」
「あの人たち悪ノリしすぎです!」
「全くだ。あいつらは私がシメておくから許して欲しい」
「シメ!?」
かすがはどこまでも真顔だ。きっとその血祭りの第一号は佐助であろうと予想する政宗だが彼を助けてやる気はない。彼女にそうされるのはあの男にとっては願ったりであろうから。
それからふと思い立ったように、ここに居てはあいつ等が来るかもしれない、とかすがが言い、政宗らは移動を開始することにした。当初の予定ではバーベキューの機材の追加の買出しだが馬鹿正直にそれを行えば佐助らの鉢合わせが関の山だ。かといってファーストフードのような手近な所では嗅覚の鋭い慶次や佐助らこと、すぐに当たりをつけるだろうし、ましてやあのままその他大勢の女子部員達までを連れてこられたらたまったものではない。
政宗は一考して、おおよそ高校生が入店しないようなカフェを候補に上げた。其処は昨今女子大生やOLに人気の店で個室とまでは行かないが簡単な仕切りがあり店外から覗かれるような心配も無い場所だ。
だがかすがも鶴姫も首を振るものだから政宗は怪訝な表情になった。
「不満か?」
「いえ! とってもいいお店だと思います。でもわたしたちは遠慮しますね」
「Hum?」
「下卑た他意はないが、こういう場合は二人のほうが盛り上がるのではないか? 私だってそのくらいの空気は読めるぞ」
「おいおい共通の知人が去っちまうと相手は何喋ったらいいか分からなくなるだろ」
「そこは伊達先輩がドーン☆とリードですよ! それじゃあ後は若い人に任せて」
「お前のが確実に一歳若いのにな」
お見合いの仲人の科白を真似て満面の笑みで答えた鶴姫とかすがはそのまま手を振って帰路に着いてしまった。半ば押し切られる形にあっけを取られた政宗であったが、おい! と声を上げて動揺を悟られるのは不本意であるし、かといって二人の術中に嵌まるのも癪だ。
あいつらめ、前回ブッチしたこと結構根に持ってんじゃねぇか、などと悪態を付きながら額に手を当てていると、に困ったように名を呼ばれた。
「Ah―― ぜってぇあいつらも楽しんでるよな」
「そんな気がするね」
眉を下げて笑う彼女に悪い気はしない。学び舎を後にして目の前に広がるのは駅から少し離れた処にあるカフェだ。政宗が候補に挙げた場所であるが、名を知っていたとはいえ初対面の相手と入るには躊躇われた。一瞬だが難しい顔をした政宗を見ては笑いこう言った。
「あのね、提案なんだけど」
- continue -
2012-12-15
考えてみたら筆頭って鶴姫のことなんて呼ぶんでしょう?
分からないので名前を呼ばず、コイツとかコレと書いてしまいました。ごめんね鶴姫!