鎮魂(一)

 ※BASARA3毛利青ルート後の現代話です。元就が酷い奴です。ご理解の上お読みください。


 季節に合わぬひんやりとした温度と言い知れぬ空気の漂う暗い洞穴を、年若い娘がさ迷い歩いている。文明が進んだ現代にこれまた合わぬ千早に身を包んで。
 娘は恐れていた。
 この先に何があるのか、親兄弟はじめ親戚一同から聞かされた口承、それは禍々しく、不安に心臓は縮み上がり、出来ることなら夢であって欲しいと願わずにはいられない。だが自分が拒否すればそのお鉢は妹に回るだろう。それもまた出来ないことだった。
 娘の名は毛利。――その昔、中国地方を治め智謀を駆使して天下に名を轟かせた戦国武将毛利元就の末である。
 に託された任、それはこの明けることのない暗闇の先に祀られた遠い時代の戦国武将の御霊を鎮めることにあった。
 その武将とは先祖毛利元就の計略によって散ることとなった四国の雄長曾我部元親。先祖の謀略があまりに凄惨であったためその末路は悲惨で、それにより怨霊と化したと言う。
 没してより数十年、元就晩年にその祟りの兆候は現れ、元就自身は養母から言い含められた日輪信仰故かその災いは降りかからなかったが、嫡男の死をはじめ様々な災難が毛利家を襲った。当初元就は、弱者の祟りなどなにものぞ、と高を括っていたようであったが次々に起こる災いにこれでは家が絶えてしまうと、海に程近いこの洞穴に封じ祠を造って祀り、それでも鎮まらず一門から巫女という名の生贄を奉げるようになったのだ。
 間隔は決まっていない。洞穴の注連縄と紙垂(しで)がこ焦げる様に燃えたら、それが合図だ。だから毛利家の娘達は代々毎日注連縄の確認を現代に至るまで怠らなかった。つい先日、その注連縄が焦げた時の絶望感をは忘れられない。
 は手にした蝋燭の火が消えぬよう気を遣いながらため息を吐いた。自分で何人目であろうか。先祖の代から格の高い権現や、陰陽師に頼んでも払うことが出来なかったその怨霊に対した巫女達は誰一人祠から出てくることはなかったと言う。
「私も死ぬんだろうな」
 絶望を含んでそう呟くと同時に、首筋に天井から滴り落ちた水滴が掛かり一層心細くなる。
 いっそのこと、もう早く終わって欲しい。そう願わずにはいられない。

 あれから何分経ったのか、もうどれだけ歩いたのか分からない。洞穴を辿って行った先に僅かに明かりが見える。蝋燭であろうか、歩を進めるとそれは沢山薪がくべられた篝火のようでは思わず首を傾げた。
 おかしい、ここには人は入らないはずだ。何だろうかこれは、まるで先程まで火の加減を手入れされたように見える。
 また少し先に進み目を凝らすと、ああと一人納得した。終点で、そして我が身の終焉であろう場所を見つけたからである。そこには小さな、だが精巧に細工が施された祠があった。
「着いちゃった……」
 呆然と言い捨てて、は持って来た三宝に乗せたお神酒と玉串を供える。神饌は不要だ。何故なら自分がそれだからだ。
 神楽鈴を鳴らし、幼い頃から教え込まれた神楽を舞う。こんなもので鎮まるわけもないと分かっているのだが水音と風の流れる音しかしないこの場所で何もしないのは耐え難い。
 そういえば風がこんなに流れるのに、火が荒れ狂わないのは何故だ? ふと、そう思った瞬間――

 ゴオオオオォォォォ
「きゃっ……」
 暴風が辺りを襲ってきた。余りの陣風に千早ははためき砂埃と共に荒ぶ。は舞の手を止め、常人では耐えられぬその轟音に立ち尽くす。だがしかし鈴は忙しなく鳴り響く。来たっ!

 そうして陣風と鈴の音と全て重なるように地の底から呪詛が響くのだ。
『――許さねえ、許さねえぞ毛利! 毛利元就! てめえを……殺してやるっ……!!』
『――てめえが奪った分だけてめえの子孫を殺してやる! 野郎共に供えてやる! てめえの血が絶えるまで俺は止めねえ!!』 

 声ではない、だが鳴動のように頭に響いてくるその言葉。そうして目の前に現れた風と炎の塊からボロ衣に銀髪を振り乱した男の姿が見て取れたときの歯はガチガチと噛み合わなくなった。本能が鈴の音に比例するように警鐘を鳴らすも、いつの間にか腰は抜け足は動かない。
「あぁ……」
 怖い、恐ろしい、そんな言葉では表し切れないその姿、その気配。生前鬼と呼ばれた男はその名に相応しく鬼神のよう、血走る眼でを見据えると今にも飛び掛らんばかり猛った。
『今度はアンタか、フハハハ毛利め、これくらいで俺が鎮まるとまだ思っているのか』
『アンタがここに送られたってことはあいつの血は絶えてねえのか』
『――ああ憎いっ憎い憎い』
「きゃあっ! っぁ……」
 逃げることの出来ないまま長く爪の生えた男の冷たい大きな手がの首にかかり、じわじわと力が込められていく。握っていた神楽鈴がカシャンと落ちて、は必死に抗った。だが女の力と男のしかも人外の力ではそれは無駄な足掻きで自明の理だ。
 長曾我部元親の怨霊は顔を近づけて時に嘲るように、そして荒ぶり激しい怨恨を向けてなすすべのない娘を弄ぶ。子供の頃より伝え聞いた醜悪な怨霊そのままに。
『かぁわいそうになぁ。また嫁いでもいねえ娘だろ? 器量も悪かねえ。……なんてことねえ黒橡色の髪と眸だ。ようく似合ってるぜえ? だがなあ!』
「……か……はっ」
『俺には殺しても殺し足りねえ男と同じ色なんだよ……!』
 駄目だ、敵わない。更に込められる力に最早屈服するしかない。
 他の巫女らと同様やはりここで朽ちるのか。そう思えば祠の前で別れた父母と妹の顔が濁流のように脳裏を駆ける。母と妹は泣き叫び、父は苦虫を噛み潰したような顔で自分を見送ったのだ。
 帰りたい、帰りたいよ。
「……おか……さ……」
『っ!!』
 口を動かせどももうそれ以上声が出なかった。視界が白み、四肢の力が抜け抗っていた手がだらりと落ちると、意識もまた混濁の海に沈む。
 もう駄目だ、情けないくらいあっさりだった。
 そう諦念すると、暗闇がの視界を包みそれに身を任せたのだった。


 われこそは にゐじま守よ 隠岐の海の あらきなみかぜ 心してふけ
                                                  後鳥羽院

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2011-05-16

意訳 我こそは、この島に新しくやってきた島守であるぞ。だから隠岐の海の荒々しい波風よ、そのことを心に留めて、新参の島の司である自分をいたわっててくれ。

現代訳ではちょっと違うそうですがここではこちらに。

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