恋の端、登れ恋の坂(一)

 よくよく思う、縁という奴は本当にあるのだと。

 最初は幼稚園児の頃、名門小学校の入試に必死になった大人が通わせたいわゆる”お受験塾”で講師から名前を聞いたのが始まりだった気がする。次はそのお受験塾のカリキュラムが功を奏したのか、名門小学校の受験結果が張り出された一覧表。そのとき初めてフルネームを知ったのだ。
 ――
 彼女が一番で、自分が二番だった。彼女とは受験した学校が違ったらしくその名は小学校六年、中学校三年、計九年、全国的に稀な一貫教育を旨とした塾の順位表で見続けることになる。テストの順位、勝率は半々だった。そして高校受験、例の如く張り出される各校合格表には彼女の名。それは奇しくも自分の受かった高校と同じだった。
 九年通い続けた塾、クラスも一度として一緒になることはなく、ただ掲示板で見続けた名前がどんな奴なのか興味が湧くのは人間として当然の欲求だと思う。他に受かった志望校と偏差値はいくつも変わらない。親も何処を選んでも何も言わないだろうと思い立って俺はその学校へ入学した訳だ。
 だが相手はこんな事あるのかと呆れるくらい見事な変化球をかまして見せた。同じ高校に入学したものの、相手は理数科、自分は特進クラス、校舎はまったくの別棟だったのだ。
 わざわざ別棟の西校舎に行って、ってどいつだ? と聞くほどの情熱は持ち合わせていない。知りたいという欲求はあるものの、ただ廊下で、登下校ですれ違う程度の自然なものでいいのだ。何故かと? それ以上の感情が無いからだ。


「へー! 百戦錬磨の竜の旦那にもそんな縁のない女の子がいるんだねー」
「甘酸っぱいねぇ!」
「おい前田、聞いてたか? そんな感情ねえよ」
 平和な日常の中にあるいつも通りの昼休み。伊達政宗は屋上で弁当を突きながら縁は縁でも腐れ縁に絡む悪友達のくだらない御題に合わせて言いたくもない話をする羽目になった。急用が出来たとはいえ彼らとの一ヶ月も前からの約束をキャンセルしたその埋め合わせだった。
 御題は、『今一番気になる女』
 色恋事が大好きな前田慶次の発案に露骨に顔を顰めたが、約束のキャンセルによって事前準備に一番労力を割いていたかすがと鶴姫が珍しく食いついたため一蹴する訳にもいかず今に至るという訳だ。
「とっても意外です。伊達先輩、来るものは拒まずだけど気にしてる人って居なさそうだったから」
「ああ、だから興味があったんだ」
 と、女子らは口々に言い鶴姫の横に腰を置いていた元親も愉快そうに口元を歪めた。彼は猿飛佐助が女子へのサービスと称し多目に用意した重箱の中身に舌鼓を打ち上機嫌だ。
「まさか真昼間っからしかも学校の屋上でカツオの漬けなんて食えるたァなぁ」
「保冷剤下にガンガン入れてるからどうにか持ったよ。それが出来たのも昨日活きの良いカツオもらったおかげ」
「こんだけ美味く料理してくれんならまたお前んち持ってくぜ。宜しくな」
「はいはい、嫌がったって持ってくるんでしょ」
「違いねぇ」
 政宗も他の皆も元親絶賛のカツオに箸を付ける。一緒に漬けた玉ねぎがほのかな甘みを出し良い塩梅だ。成る程、これは確かに美味い。鶴姫などは頬に手を当てて幸せそうな顔をしている。これは作り手冥利に尽きるだろう。
「さすけぶまいぼ!」
「うまいね、そりゃ良かった。とりあえず口の中のもの全部飲み込んで」
「真田、お前は子供か」
「長曾我部にしては気の利く差し入れよ。莫迦の一つ覚えに海のものだがな」
「お前に食わせる気で持ってきたんじゃねーっての」
「度量の狭きことよ」
「ありがとうぐらい言えってんだくそが」
 米粒を飛ばしながら絶賛するのは真田幸村で佐助とかすがはそれを窘める、その隅で我関せずで皮肉を言うのは毛利元就、これもまたいつもの構図だった。格段何を言うでもなく皆を眺めているとふと視線を感じ、政宗は其方を向いた。そこには幸福一杯、天真爛漫を絵に描いたような鶴姫が眸を輝かせていた。彼女は学年も科も違うが元親の幼馴染ということで時々顔を出すくらいで政宗とは格段親しいという訳ではない。このような視線を向けてくるのは珍しいことだった。
「An? どうした?」
「えへへー」
 ただ、このように屈託無く笑う彼女は自分に群がる女子とは一戦を画すもので疎ましく思ったことはない。
「わたし、今すごーく幸せな気分なので伊達先輩にドーン☆と教えちゃいます」
「Hum? じゃあ猿に感謝しないとだな」
「俺はよ?」
「ああそういや居たな」
「海賊さんはちょっと静かにして下さい!」
「お前らな。てか鶴の字、いい加減海賊さんってのやめろって」
「やーです」
 鶴姫曰く、元親自身や元親の周りに居る彼の舎弟らがどう見ても海賊一味にしか見えないので何時の頃からかそう呼ぶようになったらしい。元親は激しく不本意のようだが。
「で? 何を教えてくれんだ?」
「あ、そうそう! 海賊さんの横槍で忘れるとこでした。――お話に出てきた先輩、わたし知ってますよ。何を隠そうメルアドも交換する仲です!」
「――マジか?」
「何だその偶然!」
 本当に驚くとあまり声の出ない政宗とは対照的に元親の声音は上がる。その声に皆が振り向き、聞き耳を立てていたであろう佐助は身を乗り出してくる。
「なになに! 超おもしろそうなことになってんじゃない!」 
「猿飛先輩、悪戯っ子みたいな顔してますよ。からかう人には教えてあげないです」
「つれないねぇ。残りのカツオ全部あげるよー?」
「うっ……わたしは食べ物に釣られたりしないです!」
「佐助、後輩をいじるのはよせ」
「鶴姫ちゃん、そのちゃんとは何処で知り合ったんだい?」
 その後ろで幸村が、某の分ー! と手を伸ばしているのは黙殺することにしていると鶴姫に負けないくらい眸を輝かせた慶次が参戦してきた。想定の範囲内といえば範囲内だ。
「えとですね、わたし弓道部に入ってるのは皆さんご存知ですよね。先輩も弓道部なんです」
「同じ部活だったのか」
「海賊さんは会ったことありますよ」
「マジかよ!」
「この前のバーベキューの買出しに迎えに来たときですよ。ちょうど先輩がわたしの稽古つけてくれてましたもん」
「ちょっとまてよ、ってえとあんとき傍に居た子が?」
「そうですよ」
「おおー! 結構可愛かったよな」
 元親め、フライングか? などと心は裏腹に政宗は努めてポーカーフェイスを装った。一欠片の動揺を晒そうものならこの悪友達はピラニアの如く喰いついてくるに決まっているのだ。だが、政宗の努力も虚しく佐助はそれを見透かして、今まさに一石を投じようと悪い顔をする。全くこれだから始末が悪い。
「へー、じゃあさ! 早速放課後会いに行こうよ。竜の旦那のた・め・に」
「お、いいねー!」
 悪童の囁きに純粋な興味を引かれる慶次、平らげたカツオと同じように吊り上げられた元親はまんまと佐助の術中に嵌るのだ。誰の為だ、お前らの興味だろ、と悪態を吐くのもエネルギーの浪費に感じられて政宗は更に押し黙った。
「もうっ! 先輩は見世物じゃないですよ! 大体わたしは伊達先輩に教えたんです!」
「鶴の字、そんなイインチョーみてぇなこと言ってっとモテなくなんぞ」
「まぁっ悪い口!」
「仕方ない、この阿呆共が何かしでかさないよう私も見張る」
「お願いします、かすが先輩」
「政宗も当然行くだろ?」
「No」
「なんで! こんな近くに縁があるじゃん!」
「だから言ったろ? 興味があるだけで如何こうしたい訳じゃねえって。その辺ですれ違うくらいで構わねえんだよ」
「なにその慎ましい女の子みたいな」
「そりゃ一方的に好意を抱いてる場合だろうが」
「政宗ノリ悪ーい」
「言ってろ暇人共」
「竜の旦那がそれでいいんなら俺様そのちゃんにちょっかいかけちゃおー」
「もう! わたしが許しませんから!」
「安心しろ、その気配が出たら私が即座に殺してやる」
「かすが、目が本気でしょ」
 佐助の言動などこれもまた想定の範囲内である。なる人物が佐助の誘惑に乗るならそれまでのこと、それだけの女だったということだ。いっそ興味も無くなって清々する。そう達観しながら政宗は残りのカツオに箸を伸ばしテイスティングに精を出すのだった。

- continue -

2012-12-01

10,000hitリク:現代、夢主に振り回される筆頭です。ことみさま、お待たせいたしました!
最初は無関心な筆頭がドンドン気になってしまう的な感じに仕上がりました。ちょっとリクからずれてしまった感が否めませんが楽しんで頂けたら嬉しいです。

文章に☆とかつけるのは邪道だなーとか思って今までつけることを避けていましたが、ゲームの鶴姫の科白にも入ること等を考えるとやっぱりつけたほうが鶴姫らしいと思います。ご不快な方、お許し下さい