前世の夫竹中半兵衛と再会し約一年半の月日が経とうとしている。
灰色とまでは言わないが色恋に染まることのなかった私の一女子高校生としての日常は大きく様変わりした。退屈だと思いながらも励む勉学、趣味の合う友人との語らい、そして部活動、それらを終えて帰路に着く私のサイクルは単調とはいえ大切な学生生活で取り立てて不満もないはずだった。友人たちと彼氏なんて要らないわ、なんて話したのはいつのことだったろう。それが今はどうだ。会えずともメールが来れば心が浮き立ち柄にもなく頬を染めて、連絡がなければ身体を心配した。あまりに甘く切ない痛みに、違うこれは姿勢が悪くて胸骨が痛くなっただけ、なんて過去問片手に誤魔化した日々のなんと多いことか。
今も昔も、自分は竹中半兵衛を愛しているんだと思う。
彼との関係は前世とはなんだったのかと思えるくらい変化している。昔を取り戻すように彼は私を気にかけるようになった。下校時にはメールか電話が掛かってきたし、部活動の遠征で普段と違うところへ行くことになれば彼自身が車を回してきたり、行けないならば護衛とばかりに見知った顔を寄越して来るほどだ。それが三成であった場合は大変だ。なにせ様様とそれはもう大きな声を張り上げるのだから。専らそれを止めるのは刑部、いや吉継である。
彼は近頃顔の傷が完治したそうで包帯を外して過ごしている。ステロイドとは便利よ、と言う彼はこんな顔をしていたのかと目を見張るほどの容姿だった。こんな目立つ二人が来るのだから言うに及ばず、私は同部の部員にも遠征先の対戦相手にも注目される目に合うのだ。
水面下でやっかみもあるかと思ったが上級生はすでに引退していたし、同級生達は夫半兵衛のよそ行き用の笑顔にすっかりやられていたから、素敵な人ね、羨ましいわという反応で留まっている。たまに、あんな素敵な人何処で捕まえたの? なんて聞かれたりもしたけど、まさか前世です、と言う訳にもいかず言葉に窮するのが常だった。
一度あの方にその話をすると、次に友人たちと鉢合わせした際には、満面の笑みで僕のべた惚れなんだ、などと言うものだから私は常に黄色い悲鳴と同級生の含み笑いに晒される日々。慣れぬ注目には流石に疲労困憊である。それに加え年が明ければ大学受験に望む学年を迎えたのだから人生ハードモードとはこのことだと思った。
彼は私を大事にしてくれていたがテレビやデパートなどで大々的に取り上げられる行事には冷淡だった。クリスマスに始まり、節分に付随した恵方巻きであったり、バレンタインとそのお返しの日であったり。そんな企業の商戦に乗ってやる気はないよと言うのが彼の言い分だ。尤も、再会して二度目のクリスマスは私の受験真っ只中、仕事納めを数日後に控えた彼が勉強を教えに来てくれただけでも御の字であったし、合格したら来年は一緒にあの煌びやかなイルミネーションを歩こうとも言ってくれ、格段不満がある訳でもない。何の行事も二人で行うこともなかった前世に比べれば驚くほど幸せで、彼とはずっとこういうペースで年を重ねていくのだろうと漠然と思えるのだ。
とまあ私の学校関連にも関係をオープンにしている半兵衛だが、彼は前世も今世も隙のない男で、私の父母とも旨くやっている。大手企業の重役という肩書きと端正な容姿を駆使すれば母はあっけなく陥落、収入に至っては父よりはるかに上だろう。父は苦し紛れに大の大人が高校生に手を出すなどと口をへの字に曲げて、高校卒業まで手出しは許さないと息巻いている。その言葉にも半兵衛は本当に人の良さそうな笑みを浮かべて、勿論です。僕もさんを大切にしたいから、なんていうものだから父に軍配が上がるはずもない。大抵こういう笑みを浮かべるときの半兵衛は腹に何かを抱えているのだ。
受験はといえば、日々の努力のおかげで志望校へ受かることが出来た。試験前まで頑張れとも言わず、ただ静かに教示するのみに留めていたのは彼の心遣いなのだと思う。しかし合否を彼に伝えた時は破顔し、よく頑張ったね、おめでとうと祝福してくれた。家の諸事万端を整えていたあの頃、ありがとうは言われたことはあったがこのような祝辞を受けたことはない。前世にはなかった言葉、関係が其処に出来ていることが今の私には嬉しくて仕方がなかった。
合格発表の直後に顔を出した半兵衛の住居で、お茶の用意をと背を向ける彼を見ながら私は頬を染め密かに満面の笑みを浮かべた。
「どうしたの? とても良い笑顔だね」
「っ! な、なんでもないです!」
この人は後ろに目が付いているんだろうかとまじまじと見ると、丁度近くにあった鏡に私の顔が映っていた。途端にばつが悪くなって下を向くと、前方から珈琲の匂いと彼の足音が聞こえてくる。ローテーブルにカップを置く音がして、次の瞬間には頬に長く、でも節くれだった男の指を感じて私は思わず狼狽してしまった。それでもあの頃より若干指が細く感じるのはもう武器を握ることのない今世だからなのかもとしっかり考えてしまうのは何故だろうか。
ゆっくりと顔を上げると彼が微笑んでそっと耳打ちしてくる。
「もう、敬語はだめ、ね? 」
「あ、」
それは、もう戦国の世ではない。前世でもない。あくまで今世の普通の恋人同士でいいじゃないか、という彼の主張だった。自分もそれは嬉しかったしそうありたいと思う。しかし頭では分かっているのだが、記憶に染み付いたものというのは簡単には取り払えない。それに彼は今でも年上で大人で社会人なのだ。そう言うと彼は、
「君ももう大人の仲間入りじゃなかったっけ?」
とおどけて見せるのだ。
「っ……」
「合格したからね。約束は守るよ」
それはセンター試験をほぼ三週間後に控えたクリスマスイブの真っ只中、彼が提案してきたことだった。合格して大学生になったら、来年はあのイルミネーションの中を一緒に歩こうと。前述の通り商戦に踊らされる行事も人ごみも厭う彼からの提案はとんでもなく自分を優先してくれる証だった。こんな幸せはないと思う。
そして本日、私は学び舎を飛び立つ。
この高校に入ってから私の世界は変わったと思う。前世の思い出を閉じ込めた日々は、伊達先輩に出会うことによって解き放たれた。家康と話して、鶴姫と友達になって、慶次や孫市とも再会して、そして最後には三成と吉継と、最愛の夫に回り逢えた。これだけでも幸福なのに、半兵衛は心から大切にしてくれている。
彼は当初高校卒業まで私に会わないつもりだったという。これから私と彼の関係はどうなるんだろうか。うん、一年歳を重ねるのだし、前世の記憶がある分大人の男女がどう進展するのかも分かっている。だけど、改めて考えるとやはり狼狽するし恥ずかしい。
「ー、行くよー?」
賞状筒片手に手を振る友人の声に引き戻されて、私は首を振ってそちらに駆け寄った。
「ごめんー」
「すっごいニヤニヤしてたよ?」
「うっそ!」
「うそ」
「なにー!」
友人たちとのこんな他愛無い会話も今日が最後だ。皆それぞれ大学に進んだり、専門学校に進んだり、再起をかけて予備校に進んだりと様々だ。それを惜しむかのように今から打ち上げしようと提案したのは鶴姫だった。彼女は女性神職となるべく、神道学科のある大学に進む。
卒業式の後の打ち上げと言えば無難にカラオケなのだけど箱入りの彼女は初めて行くそうで期待に溢れ満面の笑みで表情を彩って、なんだかこっちも幸せな気分になってしまう。彼女のこういうところは前世から好ましいと思っていたのを思い出す。
「さあさあ行きましょう!」
「鶴ちゃん超楽しそう」
「えへへっ」
皆賞状と記念品を手に校門へと向かう。友人たちの中には親御さんも来ていて、あら、一緒に帰らないの? なんて言われてる子も居たけど今日は許して欲しいところだ。私の親はそういうことに淡白だから式の後はさっさと帰ってくれたから助かった。
「う、わぁ……! すっごい車」
「あ、あの車って」
前方を行く友人がそんな話をしている。駐車場に止まった車の話のようで、どうしたの? と声を掛けると一人はにんまりと笑い、もう一人は暫く呆けていたが何かを思い出したかのように頷いた。
「うん、お迎えだよ」
「うん、いってらっしゃい」
「は?」
要領を得ずにいると友人たちの先から、! と聞き覚えのある声が脳を貫いた。それは聞き間違えるはずのない声で、その先には愛しい人が立っていた。
「は、半兵衛様!?」
「良かった、間に合った」
仕事の途中で抜け出したのか声の主はスーツ姿だった。尤も、仕事ばかりしている彼だから私服よりスーツ姿でいる確率のほうが高いのだが。端正な顔に一際柔和な笑みを湛えて彼は近づいてくる。所作に隙はなく、惚れた贔屓目か其処だけが違う世界に思えてしまう。彼は釘付けになる周囲の父兄、卒業生在校生を物ともせず私に近づいてきた。
「、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。あの、お仕事はいいんですか?」
「午後半休取っておいたんだ。尤も、秀吉に早めに上がれって言われてもう来てしまったんだけどね」
「そうだったんですか」
なら何か約束していれば良かったかもなんて一瞬でも考えたけど、社会人は休みを取っていても呼び出しなんて多々あるからそんなことは口に出せない。
「だから迎えに来たんだ」
「あ、」
嬉しい申し出だ。だが友人たちとカラオケに行く約束をしてしまっている。
「それとね、大切な話があるんだ」
「大切な話?」
まさか海外赴任とかだったらどうしよう、と一抹の不安が過ぎる私に彼はネクタイを直し、少しだけ笑みを抑えて自分を見てきた。
「婚約しよう」
「――っ!」
それは嬉しいが余りに突然な科白で。目を見開いて言葉に窮しているとそれは周囲も同じだった。賞状筒を落とす男子生徒に吸ったタバコに咽る父兄もいた。ただ鶴姫はじめ友人たちは途端にはち切れんばかりの花の様相になり身を寄せ合っている。
「ダメ?」
そう言って首を傾げるのは反則だと思った。
「そんなわけ、ない、です。でも突然すぎて」
「じゃあいい?」
恥ずかしすぎて下を向いて頷いたら半兵衛の歓喜に満ちた声が降ってくる。
「良かった」
次の瞬間、視界は回り身体は浮遊感に襲われて、右半身と左脇と膝裏に彼の体温を感じれば横抱きにされたのだと気付くのに時間は掛からない。鶴姫と友人たちは黄色い悲鳴を上げ、外野からはおお、と歓声が上がる。
「は、は、半兵衛様っ」
「じゃあ早速帰ろう? 僕たちの家に!」
「は、は?」
要領を得ないままの私を腕に抱えたまま、知らぬ顔と謂われた麗人は愛想良く鶴姫たちに挨拶をし、周囲にも笑顔を振りまき駐車場へと踵を返していく。今なんか凄いこと言われた気がする。僕たちの家って?
なんて考えてたら半兵衛の愛車の傍には三成と吉継が立っていて、吉継は黙ったままだけど、三成は半兵衛様あああ! 様ぁあああ! とやたら煩い。
ちょっとまって三成、今の私は色々考えないといけない気がするの。
私を抱える半兵衛を覗き見れば彼は満面の笑みで車へと進んでいく。今世になってから私は知った、いつも気取ったような笑い方をする彼がこういう顔をするときは大抵何かを企んでいるということを。
頭がぐるぐる回る私、相変わらず上機嫌な半兵衛、やたら煩い三成、そして殊更冷静な吉継が運転する車は二十分程度走ってある建物の前に止まる。降りるよう促されて仰ぎ見ればそこは閑静な住宅地に位置する見るからに高級そうなマンションの外観があった。私は半兵衛の住居を知ってはいたが、此処は今まで来た事がない。
ええと、と言う前に吉継は三成を乗せて車を発進させ、半兵衛は私の手を取ってずいずいと中へ入って行く。上昇するエレベータは最上階へと進み、視認する限りこの階に二つしかない玄関アプローチを超えて室内へと誘われるのだ。
「う、わあ……!」
其処に広がるのは大理石の玄関、白で統一され採光の良い広いリビング、その先に広がるのは最上階だというのに綺麗に手入れされ緑化されたバルコニーだった。ドラマにでも出てきそうなそれに私は感嘆の声を上げていた。
「良い部屋だろう?」
「は、はい。こんなお部屋、実際にあるんですね」
「ふふ、君の荷物は右の部屋に入れているからね」
「ありがとうござ……、はい?」
「とりあえず着替えと、日用品とか本とか。家具は君の趣味があるだろうから揃えていないんだ。おいおい買い足しに行こう。それまで僕のベッドに来てくれていいよ。なんてね」
「……」
なんか凄いこと言われてる。ちょっと待って三成、私は今凄く考えないと。
動揺の余り、脳裏にはこの場に居ないはずの三成が大量繁殖して様様と煩い。
「は、半兵衛様どういうことですか!」
「どうって、婚約とくれば同棲だろう?」
「どうせっ……! っていうか、私同棲する話なんてしてないし第一うちの親が許すはずがないです!」
「許してくれたよ」
「……は?」
「うん。だからちゃんと君の荷物があるんじゃないか」
「はいぃいいいい!?」
「いやあ、僕の誠実さが認められたということだね。お義父さんに手を握られてを頼むと言われたよ」
父よ!! 母はなんとなく諦めてたけど父よ!! 私何も聞いてないんですけど! そういうの娘に内緒で決めちゃったらいけないんじゃないかなあ!!
「あれ……、はこういうサプライズ嫌い?」
「いやあのその、嫌いとか以前の問題でですね、相手の了承を得ないでこういうこと進めるのはどうかなーと思うんですよ! もし私が卒業を気に別れを切り出したらどうするつもりだったんですか! 全部無駄な出費になっちゃいますよ!!」
「な、はっ……僕と別れる気だったのかい!?」
「物の例えですよ!」
よく分からないくらい珍しく動揺する半兵衛と何時もの如く動揺する私。一般常識的にこんなことやられたら即離別なのだけど、其処まで不快感がないのは前世からこっそり物事を進める彼の性格を知る故か、惚れた弱みなのか。
「大丈夫。がこの部屋を気に入らなかったらすぐ越せるように賃貸にしといたよ」
「そういう問題じゃないですううう!!」
感情を支配するのは照れ隠しなのかそれともちょっとした恐怖なのか。とりあえず逃げ出しちゃいたくなって、でも玄関側には半兵衛がいるから私はとりあえず近場にあった個室に飛び込んだ。
、どうしたんだい! という声がドア越しに聞こえ私は脱力するしかない。帰る手段を確保せねばと咄嗟にポケットに入れていた携帯電話を手にすると、メールが着信していたことに気付く。誰? と見れば送り主はなんと秀吉様。秀吉様とはアドレスを交換しただけで兎角やりとりをしたことなど無かったのに。封書の絵文字をぽちりと押せば、中身は開かれる。
――『卒業おめでとう。頑張るがよい。いろいろと。 by 秀吉ミ`・ω・´ミ』
……ちょっと秀吉様ぁああっぁぁ!! なに可愛い顔文字とかつけてくれちゃってるんですか秀吉様!! そんなことしてる暇があったらガチで助けて下さい!! てか色々って!?!
平時ならひょっとしたら秀吉様、女子高校生に送るメール頑張って考えて絵文字つけたのかな、秀吉様も変わったな、なんて考えれもしただろうけど今は無理だ。ふるふると手は震えて脱力が一層強まりながら携帯電話を閉じると溜息しか出ない。でもすぐに、? と扉をノックされるものだからこれ以上逃げ場なんてない。
進退窮まっていると不意に扉の先から半兵衛の堪えたような笑い声がして私の思考はますます回らなくなる。
「半兵衛様?」
「ごめんもう限界。の反応が面白くて」
「からかったんですか!」
「ううん、全部本当」
「マジすか」
「僕も分かってるよ。愛する人の意思に関係なくこういうことするのはいけないって。一歩間違えたらに嫌われるって。でもね、決めたんだ」
「え……?」
「今世は正直に生きようって」
「半兵衛様……」
「此処、開けてくれる?」
抗うことの出来ないくらい優しくて切ない声でそんなこと言われたら拒否するなんて多分本能で出来ない。少し居た堪れなくなりながら扉を開けると、声と同じように少しだけ切なく笑んだ彼が居た。頬に触れてくる手が少し震えてると思ったのは間違いじゃないはずだ。
「取り戻したいんだ。あの時出来なかったこと、したかったこと」
そのままぎゅっと抱きしめられて、二人で床に膝を付けば、床の冷たさも彼の体温も心地良く感じる。今も昔も彼に翻弄されてるなんて思っていたけど、彼は彼で手探りなのかもしれない。
「一度しか話さないから聞いてくれる?」
頷けは彼の目許は一層切なげに見えて、心がぎゅっと絞まる気がした。
「君にべた惚れなのは本当だよ。今も昔も」
「……っ」
「あの時、昔ね? 元就君と君の婚礼があるって聞いた時だ。君の実家が毛利に付くのはまずいから揺さぶりをかけに直接君の父君に会いに行ったんだ。君は知らないだろうけど偶然庭先に居る君を見て凄く胸がざわついたよ。父君を揺さぶるだけで良かったはずだったんだけど、心に巣くう君を諦め切れなくて、惚れて惚れ抜いて強引に迎えたんだ」
「ほ、んと……?」
「けどまあ身体があの通りでね。正直に言うと君に惚れたときから自分の体のことは分かってたんだ。……それなのに妻にして、繋ぎ止めて。懺悔するとねほんの一瞬でも病を介して君も連れて逝けたらと思ったことさえあるんだ。再嫁なんて笑っちゃうよ」
「半兵衛様……」
「想いを口にしないまま逝ってしまって君を雁字搦めにして申し訳ないと思っているよ」
あんな悪ふざけをした後になんて悔恨を聞かせてくれるのだろう。
子まで生したあのときの私なら連れて逝かれても構わないと思っただろうに。半兵衛様、何で震えているんですか、そんなの貴方を嫌悪する材料になんてなりはしないのに。
「……半兵衛様はバカだわ」
「そうだね。馬鹿だね」
「雁字搦めだなんて思ってないもの。半兵衛様、仰ったでしょう? 自惚れてもいいよねって。前世でもずっと貴方を想っていたもの。それを辛いと感じたこともないです。ただ寂しかったけど、それは私が貴方に焦がれていたことに間違いないもの」
「……」
彼は一層目を細め、指は私の唇をなぞる。昔とは違う。私たちは互いに正直に話すようになるのだから。其処から私たちは今世ではじめて口付けを交わしたのだった。
幾許か時が経ち、私は頬の落ちた泪を拭われ、お茶にしようと二人でキッチンに立ったとき、ふと思い出して彼に言ってみた。
「そういえば半兵衛様、秀吉様からメールが来てました。秀吉様も顔文字なんて使われるようになられたんですね」
「ああ、あれ? 吉継君だよ」
「は!?」
「見事に引っかかってくれたね。秀吉からのメールなんて焦っただろう? 僕たちがエレベータに乗ってから吉継君にメール送ってくれるように頼んだんだ」
「でもあのアドレスは秀吉様だと……」
「うん、ちょっと拝借しちゃった。今頃秀吉は履歴見て動揺してるだろうね」
「ひ、秀吉様……」
主君、いやもう主君ではないか。私の婚約者になった人の上役はこれからも大変な苦労をするのだろう。精神的に。というか、あの顔文字も吉継が打ったと考えるとそれもそれで衝撃なのだけども。
「も、もうっ半兵衛様っ!」
「ダメ?」
今度は悪戯っぽく首を傾げる彼に、私の顔は露骨に怯んだと思う。またやられた。つい最近知ったが私はこの顔に弱いのだ。きっとこの先もずっと。
なんとなく今後の力関係を思い知った気がして頬を膨らませて横を向いた私に今後も軍配が上がることはないと予感するのだが、まあそれはそれでいいのかもしれない。だって次の瞬間には身体全体を覆う彼の体温が待っているのだから。
- end -
2013-03-12
メールでもTwitterでも仲良くさせて頂いてます朧 奈菜様への卒業&合格祝いとして進呈しました。
合格までの間本当に努力されておられました! なのでサプライズをしようとずっと考えておりまして卒業の日に送りつけました。
素敵な大学生ライフをお送り下さいませ!
一歩間違えれば半兵衛様束縛系男子。でも半兵衛様の愛情って危ういところがあると思うんです。
それがまた半兵衛の魅力なんだと思っている十七夜です。
2013.03.12進呈 2013.07.13当サイト掲載